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Mitsutoshi&Tomoko Takesue

2017年の収穫と、2018年の旅スタート(遅っ!)

こんばんは、朋子です。organの夫婦はいつも共に旅をしていますが、
同じ旅をしていても、個人個人で感じるものは違います。感動するポイントも違います。
今回は、昨年2017年の私なりの収穫と感激を、ここに記したくて、本日パソコンのキーボードを朝からパタパタしていました。
とにかく走り書きのような回になりそうですが、お付き合いくださいませ。

 ★画家モランディ経由→展覧会MORANDI / EDMUND DE WAAL 鑑賞 → ユダヤ系イギリス人アーティスト、EDMUND DE WAAL(エドマンド・ドゥ・ヴァール)を好きになり『琥珀の眼の兎』を読み終えたのは、秋前頃だったと思います。
 2016年にはちょうどウィーンからクラクフのユダヤ人ゲットーを巡り、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を見学してきたばかりだった私にとって、ユダヤ系の裕福な家系に生まれ陶芸家でありアーティスト、作家である EDMUND DE WAAL(エドマンド・ドゥ・ヴァール)の、自信のルーツを巡る物語『琥珀の眼の兎』には、興味ある近代ヨーロッパ周辺の史実と、東洋にまで繋がっていく骨董とアートの世界をめぐる「大好物な」物語がてんこ盛り。最後には「根付」という小さな道具の中に、ユダヤの一家族の膨大な物語のすべてが集約されていく、という素晴らしい締めくくりで、近年読んだものの中で一番印象に残る本になりました。1.001  ここで、EDMUND DE WAAL(エドマンド・ドゥ・ヴァール)の展覧会を見に行ったくだりを少しと、しつこいほどのビジュアルを残したいと思います。2.001  ストックホルムからバスを乗継ぎ小1時間、ARTIPELAGで開催されていた ” MORANDI / EDMUND DE WAAL ” の作品展示会場は、自然に囲まれた美術館スペースで自然光が程よく入る気持ち良い特別な空間でした。
 7.001
3.001 彼の作品は絵ではなく、セラミックやオブジェ、それを魅せるためのインスタレーション作品なので、鑑賞者は「彼の作品空間」にひょいと放り込まれた感じになります。オブジェの素材感、色、配置、環境、ポエティックな作品タイトル、その他すべてにおいて超繊細!何もかもが計算されつくしていて、広く余裕のある空間展示にもかかわず、その気配をあちこちから感じます。それは窮屈ではなく、ほどよく心地よくピーンと張ったクリアなもの。その微妙で僅かに漂うアーティストの気配とメッセージみたいなものをキャッチするために、もしも展示会期中に毎日通ったとしても、飽きることはなかったと思います。
とんでもないアーティストを知ってしまったと思い、
また、とにかく美しく圧倒されました。
5.001 名称未設定.001
 そしてもちろん、展覧会コンセプトであった、モランディの絵画とのさりげないコラボレーションもあり。
6.001  エドゥマンドは、人が気付かないほどの小さな文字で、ある壁面に延々と続けてモランディの言葉を綴っていました。観察していた限りおそらく多くの来場者は気づいていませんでした。なので、それにふと気づけた時の嬉しさったらありませんでしたね。まるで空から降ってくる雪のひとかけらを、見っけー!と上手に手のひらで受け取めたような、優越感。(そう、私は思い込みの激しい感激屋です)

 その様子からもわかるように、もちろんエドゥマンドにとって、イタリアの画家Giorgio Morandi (ジョルジョ・モランディ)の絵画と佇まい、存在は特別だったとのこと。よくその気持ちが、よーくわかります。
 モランディは、絵の「対象物」に対しての超ストイック・本家本元!何時間でも、いや何日でも、何年でも、どれだけでも「モノ」に向き合い描いた画家。
 オブジェは1ミリでも動けば、見え方は劇的に変わる。これ、ディスプレイの基本。私は随分以前にモランディの何かからそれを自然と学び、今回のエドゥマンドの展示で、総毛立つほどにそれを改めて再確認しました。

画家モランディの過ごしたボローニャの街の、トラットリアや、光、景色はどんなものだったんでしょう。
いよいよその本家本元 モランディの本拠地・ボローニャへ、長年の夢叶い行ってきます。

2018年の収穫を探して
エドマンド・ドゥ・ヴァール経由→再加熱モランディ →須賀敦子経由 トリエステ へ向かう!予定です。
旧ユーゴスラビア・エリアに近づいて…おっと、またこのあたりにもユダヤ人の集う気配を感じます。
旅はつづく。ではまた次回!

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