Future of food

ロックな豚はどこまでも 〜Like a Rolling Stone〜

Words by Kenji Jinnouchi, Photographs by Hiroshi Mizusaki,Edit by Masafumi Tada

のどかな筑後平野から隔絶されたような筑後川の中流域。
白い飛沫が踊る川のほとりで果物を食べさせ、豚を育てる男がいる。

養豚場の2代目にして、ハムやソーセージなどの加工も行う「リバーワイルド」代表・杉勝也さんだ。杉さんは育てる、作るだけに飽き足らず、各地で自身が育てた豚を使った料理会も企画するパイオニア精神溢れる養豚家。店内にはローリングストーンズ、シド・ヴィシャス、鮎川誠らロックミュージシャンたちの写真が壁一面に飾られている。

そんな杉さんと旧知の仲で、豚の料理会にも作り手として参加する料理家の広沢京子さんが再会。川の水が絶えずドウドウと音をたて流れるワイルドなロケーションのなか、九州の食の豊かさ、食の安全の方向性などへと話が広がった。

_MIZ0611  いつ来ても思うけど、ここってすごく“気”がいいよね。目の前の川をぼーっと眺めるだけで気持ちいいというか。

 そう。畜舎の前にある山田堰って結構すごい遺跡なんよね。江戸時代に造られた石畳の堰で。対岸には恵蘇八幡宮ていう天智天皇縁の由緒ある神社もあるくらいだから、昔からいい土地だったのかもね。


C もともと、お二人が知り合ったきっかけを教えてもらえますか?

 多分、3年くらい前に福岡市薬院の「coffon」のいづみさんに、「うちの桃豚を使って料理会をやりたいんだけど」と相談したとき、「すごく適任者がいるよ!」と紹介されたのが広沢さんやったんよね。

 私は東京を離れて活動の拠点を福岡に移したばかりの時期だったのかな。もともと東京にいるときから、リバーワイルドの存在は知っていて、ソーセージとかは食べたこともあったからその美味しさは知ってたの。でも、リバーワイルドがどんな場所にあって、どんな人が豚を育てているかは知らなかった。杉くんを知ってる人は口をそろえて「ロックな人だよ」と言うからどんな人なんだろうと(笑)。


C 初めてリバーワイルドの豚肉を調理してみてどうでしたか?

 豚独特の匂いがしなかったのにまずびっくり。全然いやな感じがしなかったんですよね。そして脂身が本当に美味しくて。普通、脂身が多い肉って脂の部分を省いて食べたりするじゃないですか。でも、杉くんが作る豚は、むしろ脂を食べたいくらい。そして、その肉で作るベーコンがまた美味しいんですよ。ここでは頼めば挽肉にしてくれるんですが、その挽肉を使った豚肉100%のハンバーグが最高なんです。だから最近は合い挽きのハンバーグを作らなくなったんです。

 ハンバーグに合い挽き肉を使うのって、鶏、豚、牛で脂が溶ける温度帯が違うからなんよね。融点が違うと口に広がる幸福感がすごく複雑になる。だから普通の豚だけで作ったら結構あっさりになってしまうんよね。

 柿豚は肉自体に甘味と旨味があるから、ローストとか塩と胡椒だけで味付けしただけのシンプルな食べ方が肉の味がダイレクトに分かって美味しいよね。ハーブとかでごまかす必要がない。だから、普通に焼くのが一番美味しいと分かってるから、料理会のときとかすごい困っちゃう(笑)。料理家らしい提案をしないといけない立場なんだけど、「塩胡椒を振って焼きましょう」じゃ身も蓋もないからね。

 いやいや、味付けは単純でも熱の入れ方ひとつで旨さが全然違うから。


ここで対談の途中だが、二人が夢中になる柿豚とはなんぞや?という疑問を解くため、
ワイルドな養豚家・杉さんと柿豚が誕生するまでを聞いてみた。

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親父が養豚場を経営してたんですが、オレはものすごく継ぐのがいやだった。本当は広告の仕事をしたかったんです。親と一緒に豚舎に入っても喧嘩ばっか。だから自分はハムとかを作る加工者として携わり、農場には関わらないというビジョンを描いてました。それであちこちでハムの勉強をしていた矢先、親父が病気で倒れたんです。それで否が応でも継がないといけなくなりました。23、4の頃です。

それから4年間農場に専念しました。でもやっぱり全然つまんないんです。あーオレ、ハムやるはずだったんだよなという心残りばかりある。だからあるとき思い立ってハム工場を作ったんです。まあ大変でしたね。借金はできたし、自分が農場をまわして、そのあとハムを作って。よく考えたらオレいつ休むんだと(笑)。けど、ハムをやり出したら今まで豚を出荷するだけだったのが、自分のもとに肉が返ってくるんですよ。テストの答案みたいに。そしたら、あれ、オレの豚ってこの程度なのかなとか、今度の肉は良くできたとか。そんなことを繰り返すうちに加工品を作るうえで、そのもととなる豚の育て方がかなり重要だとやっと気付いたんです。それからですね、品種の組み合わせとか、飼い方とかいろいろ真剣に考え出したのは。

そんな風に養豚業にも面白さを見い出してきた、10年ほど前。後輩で柿農家の秋吉ってのが減農薬認証のこだわった柿を作っていたんです。でも、そんな柿でもシーズン中はトラック2台分とか捨ててるらしい。周りの農家が農薬を使って大量生産した柿を市場に持ち込むから価格もあがらないし売れないと。だったらその捨てる柿、豚にあげるからくれよ、と(笑)。もともとこの辺りはフルーツの産地で桃、苺、柿、梨、葡萄とものすごく種類も豊富。それを豚に食べさせたらいいだろうとずっと考えてたんです。でも、そういう水分の多い果物をあげると主食を食べる量が減るから、豚が太りにくく出荷が遅れるんですよね。でも、減農薬認証の柿にしても、柿を食べさせた豚にしてもほかにない付加価値が付くから生産者としても差別化ができていいはずなんですよ。だから秋吉と周りの農家にも声をかけて、減農薬認証の柿生産グループの立ち上げに奔走したんです。そして柿豚を福岡の名物にしようと。でも、なかなか広がっていかない。周りはそんな大変なことできないよって…。だから今は毎年自分たちで柿豚をつくって、それをどう楽しんでいくかに意識を変えました。今はちょっと高くても手間ひまかけて作った“いいもの”が欲しいという人だけに届いたらいいじゃないかと吹っ切れましたね。


さて、食肉界の異端児・柿豚が誕生したいきさつが分かったところで対談に。

 いまは柿豚のほかはどんな豚を育てているの?

 ほかには、桃、苺、葡萄、それと森光牧場の牛乳を使ったヨーグルト豚かな。豚の出荷期間て生まれてから6ヶ月くらいで、その最後の2ヶ月間にデザートみたいに与えるわけ。だから柿豚の出荷は10月の終わりから2月まで。それ以外の期間は、その時期の旬の果物がスライドしていく感じかな。

 柿豚みたいに付加価値の付いた豚ってどれくらいの割合なの?

 うちの農場全体で、1週間あたり40頭以上出荷してるけど、付加価値のついたやつはそのうち2、3頭程度。

 そんなレアだったの!

 そうよ。200数十頭の豚から血統とか体型とかで選別して、こいつはすげーぞっていう優秀なやつを10頭くらい集めて、それに柿とか苺とか与えるわけ。もうトップオブトップよ。J1、J2、海外からエリートを集めて鍛え上げるサッカー日本代表みたいな(笑)。

 そういう話とか聞くと、私は料理を作る側であると同時に伝える側でもあるから、生産者の方の思いまで伝えなきゃと思うよね。料理家って生産者と消費者を繋げるちょうどいい立ち位置にいて、たとえば料理会でこの豚が美味しい理由について説明ができるし、食べた人の反応も見られるし、野菜の美味しい食べ方だって提案できる。そういうのって既存のメディアだけだと難しくて、レシピだけじゃなかなか伝わらないからね。人数はマスではなくても、こちこつと地道に広げていこうっていう意識は、東京にいた頃より強くなったと思う。だから東京に行って食まわりのイベントをするときとかも、九州の食材の美味しさとかがすごくわかっているから、いわれていないのに宣伝したりしてしまう。まるで九州の食材の営業マンみたい(笑)。

 いまの時期豚に与えている久留米のやました農園の無農薬苺だって、とんでもなく手間をかけて最高の苺を作ってる。でも、まだ一部の人にしか知られてないのが悔しいもんね。もっと全国の人に広まるべきだと思うよ。

 やっぱりそんな意欲的な生産者を応援するには、私たち消費者も商品を買うことで応援しないといけないなって。こだわった作物が評価されなかったら、結局農薬を使って大量生産になっちゃうから。食の安全を守るためには、消費者がいいものを買い続けることが大事なんだよね。それは東京にいたら気付かなかったこと。東京にいたときは、どこどこの何がいいとか表面的な情報が氾濫してて、まるで伝言ゲームみたい。生産者と消費者がすごく遠くて…。だから福岡に来てみて、食材がすごく豊かでしかも生産者との距離が近いのが新鮮だったのね。でも、福岡の人は新鮮な食材に囲まれていることが当たり前と思っているふしがあるよね。自分達が幸せな環境にいることに気付いてない。「都会から1時間以内に豊かな自然があって、野菜や肉、魚、果物がある。これってすごいことだよ!」と言っても「へー」って(笑)。逆に東京の人が気付いてたりする。でも、3.11のあと、九州のポジションは大きくなったと思うし、これからもっと注目されていくと思う。杉くんやその周辺の若くて情熱のある生産者たちのコミュニティが、その一翼を担っていくんじゃないかな。

 やっぱ農業って、自然相手で大変なのよ。でも苦労も多いけど、それを食べて喜んでくれる顔を見るとテンションもあがるから。

 杉くんの中で最終的にこの人に食べさせて喜ばせたい、って人はいるの?

 食べてもらいたい人ね……。この間、中学ん時からファンだった鮎川誠さんには食べてもらえたから次はやっぱヒムロック(氷室京介)さんやね。目標はそれ。で、最終的にはデヴィッド・ボウイさん!

 あれ、デヴィッド・ボウイってベジタリアンじゃなかったっけ(笑)。

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杉勝也
畜産家・加工職人
杉畜産の2代目にして、自身が興したハム加工場「リバーワイルド ハムファクトリー」の代表。柿や桃などフルーツを与えた豚を育てるほか、その豚を使った料理会も各地で行う。
http://www.riverwild.jp/

広沢京子
料理家・フードコーディネーター
東京でフードスタイリスト板井典夫氏に師事し、独立。2010年に福岡に移住。現在は「COOKLUCK」として福岡を拠点に雑誌、書籍、広告などで食のレシピ製作、スタイリングなどを行う。
http://www.cookluck.com/

Riverwild Ham Factory
福岡県うきは市吉井町橘田565
Tel.0943-75-5150
11:00~18:00
定休:月曜、火曜

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