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植物と寄り添うことで見えてくるもの

Photographs by Hiroshi Mizusaki , Words&Edit&Coding by Masafumi Tada

福岡県朝倉市、のどかな景色が広がる道路沿いに見慣れない樹木が植わる一画がある。
そこは、行徳繁盛さんが代表を務める「両筑植物センター」という植物の生産と卸販売を行う場所。
主に「オーストラリアの植物」「斑入り植物」「カラーリーフ」などが敷地内で育てられ、
それらが持つ独特の世界観であたりは包まれている。

この道、約40年になる行徳さんの育てた植物はもちろん、
植物に対する真摯な人柄に魅了され、全国からの来訪者も後を絶たない。
福岡市薬院で原生種のランの販売をするPLACERWORKSHOPの内田 洋一朗さんも、
その一人。10年来に渡って通い続けているという。
今回のFEATUREは、そんな内田さんに同行してもらい、
「両筑植物センター」を訪問してきた模様をお届けしたい。




3月下旬、暖かな春の陽が射す穏やかな日。
小鳥のさえずりが聞こえてくる中、行徳さんに敷地内を案内してもらった。
「植物は地球の引力に反して伸びる遺伝子をもっていると聞きますが、このヒマラヤスギは、その力が欠落しているので枝が垂れていっているんです」と5メートル程の針葉樹を指差し、優しい口調で教えてくれた。針葉樹といえば、円錐形に伸びていきそうだが、幹は上に伸びているものの、枝という枝は垂れている。いわゆる突然変異的なものかと尋ねると、それを繁殖・定着させることができれば、固定の品種になると返ってきた。

_DSC8948 枝を手に取り解説をしてくれる行徳さん

そして、その木の傍らに植わる人の膝まで届かないほどの植物の説明をしてくれた。
「この小さな木と、先ほどの木は同級生なんですよ。生育が遅い種で、こういうのをドワーフって言うんです。欧米では、このドワーフだけを集めてガーデンを作る人もいますよ」と。
植物についてビギナーな私にとっては、見た目もさることながら、そのような種があることに驚き、
初っ端から引き込まれてしまい、次から次へと案内してもらった。
オーストラリアが原産の樹皮が紙のようベリベリと剥げ、幹だと思っていたところが根というペーパーバーグや、大きなブラシ状の赤い花に甘い蜜が滴るほどついたグレヴィレアバンクシー(実際に舐めてみたがとても甘い)、山火事の熱を利用して種を周囲へ飛ばすというバンクシア、コアラが葉を食べることでも有名なユーカリをはじめ、葉の一部が葉緑素を失い白や黄色のなどになった斑入りの植物の数々まで、一つ一つ丁寧に説明してもらいながら敷地内を歩いた。

ここでは紹介しきれないほどの多種多様な植物で溢れていた「両筑植物センター」。
他と一線を画する場所であると感覚的に気づいたが、どのようにして今のスタイルになったのか。


「祖父、父の後を継いで、3代目になります。先代の時は主に果樹苗を扱っていました」と、
元々は福岡県内でも有数な果樹園が広がる田主丸町で植木屋を営んでいたそうだ。
当時は、ミカンやブドウといった果樹の需要が高く、果樹園を作る動きも盛んだったため、農地を拡大する必要があり、現在拠点を置く朝倉市にやってきた。しかし、同じ筑紫平野内にも関わらず朝倉は冬場の寒さが厳しく、先代は果樹栽培に苦労もしていたという。
やがて、行徳さんの代になり、アメリカやヨーロッパの針葉樹を取り扱い始めた。そして90年代、欧州への買い付けが周辺の植木屋でも活発になる中、「みんなと同じことをしてもつまらないな」とオーストラリアの植物に注目。以前に、オーストラリア大陸を西の街・パースから東へと旅した際に持ち帰ったユーカリ、アカシアの種を知人の協力の元、発芽させ苗木にしたのがはじまりだ。
「最初は、日本との気候の違いもあって発芽させるだけでも大変でした。枯らしてしまうこともありましたが、20年ほど携わっていると徐々に日本でも育つ種や、育て方が分かってきました」と、
それまで日本では認知度の低かったオーストラリアの植物という新分野へと飛び込んでいった時の話を聞くことができた。そして、現在は『接ぎ木』や『挿し木』といった先代から伝わる技術を生かし、オーストラリアの植物を繁殖のほか、突然変異によって誕生した貴重な葉色をした「斑入り植物」の生産にも力を注いている。


この取材の一週間ほど前、PLACERWORKSHOPの内田さんはオーストラリアにいた。
最近はラン以外にも植栽の仕事が入るようになり、行徳さんのアドバイスも受ける中、実際に現地へ行って植わっている様子を見てきた方がイメージしやすいだろうと、ナーセリーや公園をはじめ街の植物を視察してきたという。



IMG_4958 IMG_5003 オーストラリアのナーセリーをまわる、内田さん (Photo:MIZUKI KAWAGUCHI/PWS)


内田さん(以下:内)「行徳さんに教えてもらったリストの中から、まず最初にクランガというナーセリーに行ってきました。休日でセールをしていたせいもあってか、駐車場はいっぱいでお客さんの数もすごかったです!エリアごとに、レインフォレストやデザートなど植物の種類が分けてあったり、人工的な小川のそばには水辺の植物がドーンと植えてあったりと敷地面積も広くて、一軒目からはこれはスゴイ!と驚きました。」

行徳さん(以下:行)「僕が行っていた頃に比べ随分変わっていたのかもしれないですね。当時は、素人がやっているような場所で、ふつうのナーセリーに置いてあるようなものはなく、お客さんを相手にするというよりも、趣味の強い人が来るような感じのところだったので」

:「そしたら、変わったんでしょうね。オーストラリアに自生する植物が幅広く販売されている感じでした。ほかに教えてもらっていたヤミナナーセリーは、レアプランツと看板に書いてあるだけあってマニアックでしたね!自分の知識では分からない世界観でした。ただ、面白かったのは商売っ気がないというか、営業時間は12〜15時ですし、水やりをしている若いお兄ちゃんがいるだけで“気になるのがあったら声かけてね〜”というノリ(笑)」

:「そこは、商売っ気がないナーセリーで、完全に趣味によった“深い”植物ばかりを扱っていますからね。出どころが分からないようなものがあるから、ほんとに“ヤミ”ですよ(笑)」

:「いろんなナーセリーを巡っていても感じるところはありましたが、向こうの人の植物に対する考え方は、街の中を歩いていても日本とは違うなぁと思いました。例えば、電線がとおるところに立っている街路樹は電線を避けるようにして剪定し、木を切ってないんですよ! あと、日本とは違って家々の植栽が個々違っていて、好き勝手にやっている感じが良かったです。多くのニーズに応えられる農園やナーセリーがあるからだと思いますが」

:「日本の場合だと電柱や電線の邪魔になりそうだったら切ってほしいと関係各所から言われることもありますけど、向こうはそれがないんですよ。なぜかというと、植物の方が大切だから。オーストラリアは、海側に植物があるものの、内陸部は乾燥地帯で植物が少なく、荒れ地も多い。日本のように見渡すと山があり緑がいっぱいという環境ではないからこそ、大切にするのではないでしょうか。だから、庭の木が伸びたからって、自分で勝手に木を切ることは許されていないですしね」

:「それで2階建ての家よりも大きな木がどこの庭にもあったんですね! ほか、気付いたことは向こうのナーセリーでは、行徳さんのところにあるような『接ぎ木』を見かけませんでした」

:「多分、ネイティブプランツで旬のものは種から育ているんじゃないでしょうか。ある程度の品種になってくると『挿し木』で、『接ぎ木』は少ないと思います。一部のナーセリーで『挿し木』では繁殖できない針葉樹を『接ぎ木』で育てているのを見たことがありますけど。でも、僕達がやっているようなものとは違って、子供にでもできそうな簡易的なものでした」

先にも触れた『接ぎ木』、馴染みのない言葉だったので説明してもらった。

:「簡単に言うと植物を繁殖させるための方法の一つで、生きている植物同士を引っ付けて成育させます。ほかに植物を増やすには、種を植えたり、枝を土に植える『挿し木』もあります。その技術を用いて果樹苗を育てる曽祖父、祖父、父と幼いころから見続けてきたので、いつのまにかできるようになっていました。今から、やってみましょうか」

実際に『接ぎ木』を見せてもらうことに。
_DSC9027 まず、作業に使う道具が収まる年季の入った木箱が取り出された。中には代々使われてきたナイフが並ぶ。キレイに接ぐには、この日本刀の如く研がれた刃でないと上手くいかないという。

接ぎ木 画像上段左より時計回りに、最初に接ぐ側の枝を形成層が出るようにまっすぐに削る。次に、元々育っている打餌木を削って差し込み口を作る。そして、形成層を合わせるように入れて、自己融着テープで巻き上げる。慣れた手つきで一瞬のうちに仕上げるので簡単そうに見えたが、初心者はまっすぐ削れず、ごぼうのささがきのように削り続けることにもなるそうだ。

内:「代々、培われてきた技術をオーストラリアの植物を繁殖させるのにも使われていたんですね」

行:「そうですね。育てているうちに個体に変化が生まれる時があるんです。花が多くつく、カタチがいい、色がいい、変形したものなど。それを繁殖させるために、個体数が多ければ『挿し木』でもいいが、個体数が少ない時は『接ぎ木』の方が増やせる可能性が高まります。植物本体から根を出す『挿し木』ではなく、打餌木が栄養分を与えてくれる分、育ちがいいんです。とはいっても、育てるのに5年、10年、それ以上時間がかかるものあります」

:「その変化に気づけるのは、毎日植物と接しているからですよね。行徳さんと園内を一緒に歩いている時も“ちょっと待ってね”と剪定をするなど、常に植物のことを気にかけてあげていて、そんなに長い時間かけて育てていると聞くと、ここまで植物に対して真摯に向き合える人はいないなと思いました」


_DSC8916 オリジナルで制作したラベルが事務所の壁を彩る


最後に、二人が扱う植物に共通する日本の気候で育てる難しさと、
なぜ育て続けるのかという素朴な疑問を聞いてみた。


_DSC8935 :「やっとの思いで海外から仕入れたものが、全く育たなかったってこともありますからね…。ランの場合は冬の寒さや乾燥に弱いものもあるので、温度や湿度の管理が重要になってきます」

行:「自分も何度も痛い目にあってきましたよ…(笑) オーストラリアの植物の場合は、高温多湿に弱いものが多いですね。特に西側の都市・パース近郊のものは、日本の梅雨が苦手で水をあげていないのに湿度で根腐れすることもあります。ほかにもブッシュファイヤー(自然現象によって起こる山火事)の熱によって発芽のスイッチが入るアカシアなどの種は人工的に温めてあげる必要があるなど、何度も失敗を繰り返したり、いろんな経験をしたりすることで、学んでいくことが多かったです」

:「どんなに失敗しても、また育てようと思うのは、僕の場合は“楽しい”からですかね。“楽しい”というのは人に伝わりやすいじゃないですか。実際、ランを育てるのは難しいと思うんです。でも、難しいからこそ楽しめる部分もいっぱいあるんですよね。その部分がうまく伝えられると、本当に植物を楽しんでもらえるきっかけになるかなと。植物は欲しいけど、手間はかけたくないみたいな、植物って簡単に思われがちなところもありますからね…。毎日、水をかけて芽が吹いてくるだけでも、当然のことですが嬉しい気持ちになると思いますよ。あとは、植物を純粋に楽しんでいると幅も広がり変なもの(植物)にも出会えるんですよ(笑) 。行徳さんを知るきっかけになったのも、どこかの展示会でバンクシアを見たからなんです。なんだ、この植物は!と。」

_DSC8933 行:「自分は、誰もやっていなかったら、“俺がやってやろう”って思うのと、うまく育たなかったら、どこが悪かったかなと失敗した点を探して、再度チャレンジしたくなるんですよ。
“植物は泣かない子供”とも言うように、楽しむうえでの難しさも知ってもらいたいですね。植物を購入する時、しっかりと自分の目で見てあげて買うのも大切です」

:「これから一緒に生活していくので、育てる(買う)人の決心や覚悟も大事だと思います。自分で育てると決めたら自然に愛情が生まれてきますからね。購入時に、根のはり具合などまで確認して買うことができたらいいのですが、そういう風にできるお店が少ないのも現状です。ちゃんとした生産者から仕入れて販売するという流れが、もっとできたらいいのですが…。だから、信頼のおける行徳さんの育てた植物を自分の店でも販売させてもらっています。僕が興味を惹かれたものしか店にはおかないよういにしているので、偏りはあるかもしれないですが…(笑)」

:「自分も、みんなが作っているからとか、流行りや売れているから作っているわけではなく、自分が“好き”なものを育てています。そして、この植物の良さを広めたいという強い思いがあるので、販売する時にも気持ちが入りますよね」


日々、植物とともに暮らす二人。
それぞれ扱う種は異なるが、シンプルな気持ちで真正面から向き合う姿勢は同じ。
そんな純粋な思いで育てた植物をとおして、
当たり前の喜びに気づく、きっかけも届けてくれている。





行徳 繁盛
1953年 福岡生まれ。1975年より両筑植物センターで働き始め、現在は代表を務める。

両筑植物センター
福岡県朝倉市小田2102
http://ryochiku-plants.jp/
※通常は植栽事業や卸販売を専門としているため、一般の来場は受け付けていないが、
3〜6月の第2土曜、日曜のマーケットのみ一般開放を行っている(9:00〜16:00)。
予定の変更などもあるので詳しい情報はFacebookなどで確認を。


内田 洋一朗
1978年、福岡生まれ。 原生種のランを中心に販売するPLACERWORKSHOPのオーナー。

PLACERWORKSHOP
福岡市中央区薬院2-18-10 102裏
http://www.placer-workshop.com

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