The turning point

140年が紡ぐ、新たな価値

Photographs by Hiroshi Mizusaki , Words by Maiko Shimokawa,Edit&Coding by Masafumi Tada

福岡には誇るべきシューズメーカーがある。
一つの座敷足袋(たび)から始まった老舗で、今もなお、国内生産のシューズメーカーとして牽引する「ムーンスター」だ。その歴史は古く、創業は1873年(明治6年)まで遡る。福岡の南部、久留米にて座敷足袋の店を開店。幾度の戦争や経済成長とともに、製造商品は座敷足袋から地下足袋、そしてバルカナイズシューズへと進化を遂げた。現在は「株式会社ムーンスター」として、オリジナル商品の製造・販売以外に、ファッションブランドのOEMも担い、かつて〈CONVERSE〉や〈New Balance〉の国内ブランドライセンスを取得していたことは、アパレル業界では有名な話。


ところで、靴底がきれいなブルー色をした、モノトーンのスニーカーを知っているだろうか? ショップで見かけたり、街で履いている人をよく目にするのだが、実はこの〈SHOES LIKE POTTERY〉を手掛けたのもムーンスター。これまで、学校用シューズのイメージが色濃かった同メーカーだが、〈SHOES LIKE POTTERY〉の発表を皮切りに、革新的な動きをスタート。新ラインを増やし、販路も拡張。企業イメージのアップデートだけでなく、靴底のゴムを甲革に巻き込むように圧着する「バルカナイズ製法」というスニーカーの生産背景まで、一般的に広く知らしめるきっかけを作った。

今日はそんなムーンスターへ、工場見学とモノ作りの話をしに、FUJITOディレクターの藤戸剛さんと訪問。まさに大人の社会科見学。未知の世界に触れる興奮と、圧倒的な驚きの連発は、CENTRAL_一行を瞬く間に童心に帰らせたのだった ——。





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まずは工場見学へ。敷地内を回る際は、必ずブルーのキャップを渡される。「工場では、男性ならグレー、女性なら薄ピンクの帽子を被っている従業員が、上長クラスの最強スタッフです」と、プロダクト戦略室の松永健太さん。

42,000坪の敷地には、靴を完成させるまでのさまざまな工場がいくつも建ち並ぶ。

底面や布面を貼り合わせるための糊を作る「糊引工場」。
端を数mm織り込む布(靴の縁となる部分)を作る「ヘリ才工場」。
生ゴムを貯蔵し、靴に合わせて薬品と調合する「ゴム工場」。
生産用の設備を製造する「工作工場」。
靴型(ラスト)を作るための砂型を作る「鋳物工場」。


_DSC9133 砂型を作る作業は靴づくりの一番根っこの部分。釜で焼く際に火を使うことから、工場内に“火の神様”を祭っていて、年始めには必ず、工場内の安全を祈る儀式を行っているそうだ。


「ソール工場」には、靴作りに欠かせないアルミ製の靴型(ラスト)が、発注者別や種類別に大量に積まれていた。ここではインソールとアウトソールをくり抜く工程が手作業で行われ、さらに、インソールのかかと部分につけるロゴもシルクスクリーンで印刷されている。まさか、このロゴの印字まで人の手によって一枚ずつ刷られていたとは…、工場を見学するまで知る由もなかった。


「工作工場」では、調合したゴムを柔らかくし、機械で圧をかけながら練り伸ばす。そのまま別の機械に通し、靴底(ゴム部分)に意匠をつけて、型を抜く。

また、広大な敷地内には、靴に直接関係のない工場も点在。100v、200vの機械を大量に構えることから変電所や自営消防車を構え、電気工科、配管科も設けている。昔は輸出業が盛んだったので、敷地横に線路を引くなど、地域レベルで影響を及ぼしていたそうだ。


_DSC9171 _DSC9198 _DSC9200 最後に回ったのは「加工工場」。ここでは“つり込み”という作業が行われ、靴型(ラスト)に合わせて布地を縫い込み、靴らしく立体化させる。アッパーとゴムのソールを張り合わせたら…、ここからがバルカナイズ製法のクライマックス。巨大な釜に靴を入れて、加圧・加熱し、アッパーとソールをしっかりと結合させるのだ。釜入れすること約一時間。重厚な扉が開き、辺りは熱風と白煙、ゴムの匂いが立ちこめ、なんとも言えない厳かな空気が流れる。我々は、靴の“焼き上がり”の瞬間に立ち会えた。







工場見学後は場所を移し、商品企画部の平田義典さん、プロダクト戦略室の松永健太さん、商品企画部の山田宗太郎さんから、靴づくりについて話を伺うことに。


藤戸さん(以下:藤):「工場見学、かなり見応えたっぷりでした」

松永さん(以下:松):「靴ができるまでの前段階がいろいろあるんです」

:「洋服の工場も、基本は同じ手作業ですが、靴の工場は機械的なものも介在してますね。商品自体にもプロダクト感がある」

平田さん(以下:平):「昔は裁縫の製造ラインもズラ〜ッと構えていましたが、少しずつ減り、今は当時から付き合いがある協力工場さんに依頼しています。そこで賄えないものは、今もうちの工場で作っていますよ。やはり自分たちにも縫製の技術や知識がないと、外に依頼する際に細かく突き詰められないので」

:「そもそも、なぜ久留米には靴の工場が集中しているんでしょうか?」


_DSC9058 〈SHOES LIKE POTTERY〉のプロジェクトメンバーである、プロダクト戦略室の松永健太さん



:「歴史は明治時代まで遡ります。ざっとお伝えすると、筑後川があるからなんです。水流周辺は農業が栄え、人も集まることで商業も栄え、座敷足袋や呉服を売る店ができる。弊社の創業者・倉田雲平は『つちやたび店』を開店し、座敷足袋の底面にゴムを付けた地下足袋の研究を始めました。これを契機にゴム産業が加わり、うちとアサヒコーポレーション(同じ久留米の靴メーカー)さんが切磋琢磨しながら靴産業を盛り上げていったのです」

CENTRAL_(以下:C)「そして、ここ数年の新しい展開として、両者ともファッション性のあるスニーカーを多数発表していますね。その元となったのが、2011年に発売したムーンスターさんの〈SHOES LIKE POTTERY〉だと記憶しています」

:「〈SHOES LIKE POTTERY〉で伝えたかったのは、この工場の価値を知ってもらうこと。ムーンスターのブランディングが目的です。本当は商品として生まれたものではなく、福岡のデザインイベント『デザイニング展』に展示するための“作品”だったんです。展示は『焼き物みたいな靴展』と題し、靴の製造と焼き物の工程を横並びにして見せて、その副産物として出来たのがこのスニーカー、…という」

:「そのコンセプトは、松永さんたちが考えたんですか?」

:「はい。以前、工場見学をした一般の方が『焼き物みたい』とおっしゃった言葉がヒントになり、そこから膨らませた感じです」

:「このところ、モノ作りとして焼き物や器の魅力が見直されているし、生産背景など深いところまで知ろうという人が増えている。そういう気運とタイミングがうまいこと合ったんでしょうね」

:「〈SHOES LIKE POTTERY〉の手仕事的なアプローチは、戦略的に企画したというより、自分たちがやりたいこと、見せたいものを投げたら時代にマッチしたという感じです。もともと入社前から、この手仕事要素が多いローテクスニーカーや、輸入ものではなく“made in KURUME”のスニーカーを打ち出したいと思っていました。ただ、入社後に与えられた業務は全く別のもので…。悶々としていた自分を含む若手4人が、水面下で企画を立ち上げたわけです。その頃、平田課長は開発課所属だったので、相談しながらこっそり動いていました」


_DSC9052 松永さんらとは他部署でありながら、ベテランとしてサポートした商品企画部の平田義典さん



:「若いもんが何か企てている、と周りからも聞いていましたよ。我々からすると、特に新しいパターンでも、難易度が高いものでもなく、昔からやってきた当たり前のこと。それを今風のセンスと視点で落とし込むというのが面白いな、と」


その後、正式に商品化に向けての承認を取得し、〈SHOES LIKE POTTERY〉の製造を開始。販売するや否や、“焼き物みたいな靴”という新鮮なコピーと国産スニーカーを切り口に各メディアに取り上げられ、地元のみならず、全国区で「ムーンスター」を浸透させる切り札に。


:「輸入スニーカーが市場を占める時代性と、弊社的に流通のハードルがあった中で、『GOOD WEAVER』の幸田さんに販路を広げてもらった効果はとても大きい。同じ久留米の『Persica』の牟田さんが販売店として発信してくれたことも、多くの人に知ってもらえるきっかけになりました」

:「ムーンスター=学校の上履きというイメージから、スニーカーを作れる国産メーカーであると知ってもらう機会になったかと思います」

:「そして、国内ではごく僅かなバルカナイズ製法の靴工場が久留米にあるんだ、ということも」

:「原点回帰ですかね。その分のオーラが〈SHOES LIKE POTTERY〉にはあります。パターン一つにしてもこれまで何十年もかけて修正を加えてきたものの集大成。たった数日で作り出せるシルエットや履き心地ではないと思っています」




C:「現在のラインで、一番手間がかかっている商品は何ですか?」

:「『GS RAIN SHOES by MOONSTAR(STUSSY Livin’ GENRAL STOREと共同開発した全天候型モデル)』や、『ALWEATHER』ですね。“つり込み”の工程で少しでもズレたら、そのままアッパーのゴム部分もズレてしまう。それを防ぐために「キャップゲージ」というものを使って作るんですが、工場スタッフからすると『勘弁してくれ』と(笑)。巻き付けるゴムテープの太さや位置なども、絶妙な手加減が必要なので、加工が非常に大変なんです」

C:「企画側と作り手側とで、摩擦があったり…?」

:「正直あります。彼(山田さん)はデザイナーだけど、だいたい現場の最後まで見て、製造スタッフに細かく交渉する。現場に敬意を払いながら、難易度が高い作業でも取り計らえるようにする大事な存在」

:「そして、『コレができるなら、アレもできるでしょう〜』と段々ステップアップしていくんですよ。企画課と技術課の若手が一緒に盛り上がっている姿を何度も見ました」

山田さん(以下:山):「既存の商品だけじゃなく、自分たちで新しいものを作り出す楽しさを、現場にも味わってもらっていたいです」

:「そういえば、バルカナイズ製法とは作りが異なる、インジェクション製法のスニーカーも気になりますね」

:「“made in KURUME”の靴として、バルカナイズ=クラフト、インジェクション=インダストリアル、という双方からアプローチしています」

:「これらの商品を見ていると、デザインする上で、良い意味で余白を残している気がしていて。アパレルブランドが別注するときにもアレンジしやすそうな…。そういう意識はありますか?」

:「もっと凝ろうと思えば凝れますが、最初からデザインしないようにしようという考えがチーム内でありました。デザインを加えなくても、素のままで良いじゃんって」

:「複雑にこねくり回さずに、素直にスッといこうよ、と」

:「自社の工場背景と品質に自信のあるからこそですね。そういう面では、自社で完結させるモノ作りに羨ましさを感じます」
 
:「シンプルだけど、パタンナーのミリ単位のこだわりがあって…」

:「味付けは薄いけれど、旨味はある、的な(笑)」

C:「藤戸さんも無駄を排除したシンプルで上質なカジュアル服を作り出していますよね。共感することはありますか?」

:「もちろん。今日工場を見させてもらって本当に感動しました。僕にはジーパンやシャツなど、製造をお願いする国内の工場さんがあって、そこでもハイクオリティを維持し、安定した生産がなされています。そういう工場さんとちゃんとお付き合いをするのが、我々にとっては大事なわけで。ムーンスターさんに対しても同感です。けれど、この規模感と技術力を長いこと保たれているのは、稀なパターンではないですか?」

:「それは、よく外部の方に言われますね。僕らは当たり前の環境だと思っていたんですが、改めて誇りに思います」

:「工場のスタッフも、当たり前のことを、当たり前にやっているんですよ。その高い意識と、高い品質を一般の人にもっと知ってもらいたいし、メディアにも工場スタッフを出したいですね」

:「確かに、工場のお母ちゃんたちは本当に仕事が捌けてましたね! ちなみに、以前と今とでOEMの受注に何か変化はありましたか?」

:「これまでは発注先から『ムーンスター』の名前を出さないでくれと言われることも多かったのが、今は逆転しました。うちの名前を出すことで生産背景の付加価値を加えられると、メリットに感じてもらえているようです」


_DSC9047 2011年以降、続々と新たなプロダクトが増え、スニーカーやバスケットタイプをメインに現在は約20ラインを展開


ムーンスターでは取引先やメディア関係、学校関係の工場見学を受けており、特に企業側からの申し込みが後を絶たないという。そして帰り際には多くの人が、感嘆とした溜め息とともに「もう、靴のかかとを踏めません」と口を揃えて言うのだとか。


:「今後の展望は、海外に“made in KURUME”のクオリティを打ち出して、日本のカジュアルシューズの代表格として認知されたいですね。商品に関しては、新しいインジェクション製法のラインを増やし、一方で、革靴の展開も企画中です。ムーンスターであらゆるシーンの靴を提案して、総合シューズブランドとして盛り上げていきたいですね。そうすることで、結果的に会社自体の士気も上がり、さらなるスキルアップの機会になると思っています」


140年もの歴史を持つ老舗に、一石を投じるプロダクトとなった〈SHOES LIKE POTTERY〉。全国的にブレイクし、ブランド力を底上げする存在と化けたのは、自社が長年守り続けてきたバルカナイズ製法のローテクスニーカーであることと、消費者側の生産背景への関心がマッチしたからだろう。また、今季からはムーンスターの双璧となるインジェクション製法のスニーカーも新たに発売する。同メーカーのこれからの展開に、ますます目が離せない。






株式会社ムーンスター
福岡県久留米市白山町60
0800-800-1792(カスタマーセンター)
http://www.moonstar.co.jp



平田 義典
「株式会社ムーンスター」商品企画部 ユース企画課課長。〈SHOES LIKE POTTERY〉の発表当時は商品開発課課長として加勢。若手と上層部の良きパイプ役。

松永 健太
「株式会社ムーンスター」プロダクト戦略室 カテゴリーマネージャー。〈SHOES LIKE POTTERY〉の立ち上げメンバーの一人。現在も新シリーズの企画に携わる。

山田 宗太郎
「株式会社ムーンスター」商品企画部 ユース企画課デザイナー。新ラインのデザインを担当。製造工場に出向き、現場と細かく交渉する“縁の下の力持ち”。

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