ART FACTORY

次世代へ文化と芸術をつなぐ

Photographs by Koji Maeda / Words,Edit by Masafumi Tada

ことし5月、福岡市・古門戸にあるビルの地下に誕生した『Workshop Underground (WSUG) |USHIRO STUDIO』。このスペースは、長年にわたりアートやデザインに携わってきた中牟田洋一氏と、フォトグラファーの前田耕司氏(USHIRO STUDIO)の二人が運営を行う。昨今、ギャラリースペースを併設した書店、コーヒーショップなど、アートと異業種が組み合わさった場所が広まってきたが、それとも異なった掛け合わせによる新たな場所のようだ。今回のCENTRAL_FEATUREでは、この場所ができるまでの経緯をはじめ、どのようなスペースなのか、周辺を含めた地域のことなどについて、中牟田氏、前田氏に話をしてもらった内容をお届けする。



CENTRAL_(以下:C) まず、『Workshop Underground (WSUG) |USHIRO STUDIO』 をオープンするに至った経緯を聞かせてください。

中牟田洋一 氏(以下:中) 古門戸に来る前、前田さんとシェアしていた福岡空港近くの二階建て倉庫の一階が空き、とても広い空間だったので、前田さんと話をして写真、動画、アートイベントなど制作中心のスペースにしようと企画中でした。そんな中、コロナの影響が徐々に大きくなって、その倉庫ごと建て替えることになって、前田さんも私も立ち退かなくてはなりませんでした。

二人とも倉庫のようなスペースを随分と探したのですがなかなか見つからず、立ち退き時間切れ寸前に古門戸のビルの地下に引っ越すことに決めましたが、面積が随分狭くなったので、私は近くにビルのワンフロアも借りています。

775A6265-4109-408F-9F09-F93E84B6BB70 WSUGの近隣にあるワンフロアの入口(Photo CENTRAL_)

前田耕司 氏(以下:前) 以前のスタジオの一階部分の改装を楽しみにしていましたが、これは良いチャンスだと思って新たな物件を探しました。ただ、以前のスタジオの雰囲気より下げることはしたくないなと思うと、なかなか良い場所が見つからず、糸島など郊外へとも考えることもありました。ここもチェックしていましたし、中牟田さんからもこの場所を提案して頂いていたのですが、天井の梁や自然光が入らない点が気になって保留にしていました。他の場所で納得のいくところがなく、滑り込みで一緒に借りることにし改装を行いました。結果的には思っていた以上の仕上がりというか、撮影もできていますし、良かったなと思っています。

wsug_0005 中牟田洋一 氏



C:ここは、どのようなスペースなのでしょうか?

:私は「アートファクトリー」と呼んでいます。今の時代は動画など配信できるものや写真といったメディア系のアートを作ることができるので、ここで何か展覧会をというより、ここで制作したものを発表したいなと思っています。現在、前田さんの撮影の合間に月一ぐらいのスパンで、アーティストと実験的なイベントを行ったり、配信をしたりするオープンスタジオを行っています。企画自体は以前から考えていた内容です。スケジュールなどは前田さんと話をして決めています。一般に開放するレンタルスペースではありません。

:ふだんは、私の撮影スタジオとして機能していまして広告やアパレルなどの撮影を行い、月に一度、中牟田さんが企画されるイベントや配信の場所として機能しています。イベント日のスケジュールの相談はかなり前もってして頂けるので、自分の撮影スケジュールと調整させてもらっていまして、特殊な形ではありますけど、中牟田さんとの信頼関係で成り立っています。

IMG_8111 前田耕司 氏 (Photo CENTRAL_)



C:ロゴマークについて由来などを教えてください

:このロゴはNとMとWが重なった形になっています。Nakamutaの「N」、 Maedaの「M」、そしてWorkshopの「W」を使っています。Undergroundは地下という意味で、特にロゴには関係ありません。知り合いにロンドンパンクのレコードジャケットをデザインしているグラフィックデザイナーがいて、彼が作ってくれました。Malcolm Garrett Assorted Imagesで検索すると彼の作品が出てきます。ちょっと90年代っぽい記号のようなロゴです。

:ロゴに関しては中牟田さんにお任せする形でした。私は、以前からの屋号として『USHIRO STUDIO』を使用していまして、私のお客さんや郵便などの関係もありますし、普段は撮影スタジオとして、この場所を使用していますので継続して『USHIRO STUDIO』の屋号を使っています。

wsug_0028 スタジオ入口前のアイアンの置物に浮かび上がるロゴ


C:一階のエントランスから地下へ降りる階段の陰影など独特な雰囲気のビルですね

:このビルは、1965年ごろにできたビルなんですけど、建築家・故 増田友也によるものでして、福岡には一つか二つあるんじゃないですかね。「東の丹下健三、西の増田友也」とも言われていたようですから、建築的な魅力は入った瞬間に感じます。オリジナルの壁はきれいですよね。コンクリート打ちっぱなしが、あれだけキレイにできるとは当時の職人さんの質の高さも伺えます。階段の陰影など普通の地下とは違ったワクワク感のようなものはあるかと思います。

:この場所の持っているポテンシャルの高さがありますよね。初めて来られた方が「凄いですね、この空間」と驚かれます。それから、ビルの地下を独占できているのはいいなと思っています。エントランスから地下への階段など共用部分をすべて使用できるので。

wsug_0027 地下へと続く階段の裏側。独特の陰影が美しい


C:近隣の環境など立地について教えてください

:福岡県立美術館、福岡アジア美術館など、近くにあるのですがコロナで閉館が続いてました。独立系のギャラリーもこの付近に増えてきてはいますが、この辺りは山笠の組合がしっかりしていて、パトロール隊が毎晩のようにコロナ対策不備の店舗に対して注意をしています。下町ならでは統率力!は感心しています。緊急事態制限が終わったら散歩がてらにこの辺りを探索していただきたいと願っています。きっと、アートと歴史を味わいながら楽しい週末を過ごせる地区だと思います。

:私は、以前のスタジオと比べ、福岡市の中心地に近く便利になりました。急にロケをしようと思ったときに、以前は車で移動しなければいけなかったのですが、この場所を拠点に近くに川沿い、港、公園、都会っぽいビル群などもありますしね。あと、花屋さんや紙屋さん、氷屋さん(ドライアイス)もあるので撮影で必要なものを揃えやすくて助かっています。


C:5月、9月に来場者を入れて開催されたイベントについて聞かせてください

:5月に行った坂本豊さんの公開制作、9月に開催した長野光宏さんのエキシビジョン。どちらも、あの場所でどういうものを作ったらよいか、考えるじゃないですか。それを記録して、その記録がアートになって、制作しながら次のことを考えていくというのが必要じゃないかと個人的に思っています。私にとっては、アーティストのことをより深く理解する場としても最高の場所となりました。そして、福岡を長く離れていまして、ネットワークが少ないので一つ一つ大事にアーティストとのご縁を作っていけたらと思っています。


Yutaka Sakamoto@WSUG
Photo ©︎ Hironori Minematsu
5月22日、23日に開催された『Yutaka Sakamoto Sound Flow – Live installation』。
坂本豊 氏の公開制作。音や光も合わせて一つの空間をつくりあげた


インスタレーション (1) Photo 寺下史郎(Shirou Terashita)
9月18日、20日に催された『Nagano Mitsuhiro Exhibition わたしが繋ぐ、触れたもので、息吹く世界で』の様子



C:近く、トークイベントを開催されるそうですが、どのような内容でしょうか?

:WSUGでは10月16日(土)の 15〜17時、ライブ配信イベントを計画しています。今回のゲストは柳宗理・柳デザイン研究所のデザインディレクターの藤田光一氏と、福岡をベースに全国で活躍中の空間、プロダクトデザイナーの二俣公一氏を招いて、「実験」と「教育」をテーマに約2時間のデザイントークです。ライブ配信後に、シンガポールで英語、台湾で中国語に翻訳し字幕を入れてアーカイブの配信も行います。台湾のパートナーのFan Yen Wen氏の話だと、台湾の、特に若い人達は大好きな日本に行けなくなって、文化交流の「禁断症状」がおきているそうで、日本の文化的な情報はこれ以上の価値があるそうで、ぜひ今回のデザイントークを共催させてほしいとお願いされました。せっかくの機会なので、福岡の新鮮な文化情報も紹介する予定です。

WSUG カルチャートークvol.1
デザインの「実験」と「教育」について語る。
藤田光一|柳工業デザイン研究会デザインディレクター
二俣公一|空間・プロダクトデザイナー
モデレーター:深町健二郎|福岡市文化芸術振興財団理事
[配信日時]2021年10月16日(土)15:00~17:00
[配信方法]WUSG YouTube チャンネル https://youtu.be/E9sm5lSAkiQ


:トークのテーマを提案したところ、藤田さんより「今、柳宗理先生が若い人に伝えたいことではないかな」とのことで決定しました。これは、デザインの倫理観といいますか、これだけ簡単にデザインが手に入るようになり、AIができ、世界中をいつでも飛べ、次の日にはコピーができるような時代に、これからの工業デザインなどにおけるデザイナーのモラルをどういうところにおいておけばよいのかなと、それを教育的に語っておいた方がいいかなと思ったんです。

これは進化と見るか、退化と見るかなんですけど、手を使わず、パソコンだけでデザインするデザイナー、楽器を使わないミュージシャンもいると思うんですよ、コンピュターが進化し組み合わせだけでできるようになったので。ただ、そこでは造形の美学を学べるんだろうかという疑問があるんです。「美は生まれるものであって、作るものではない」という柳先生の言葉を思い出したので、どちらが正しいか答えを出そうとは思ってはいないのですが、その当時のやり方とかデザイナーとしての心の持ちようとか、そういうのを聞いておかないといけない時期に来ているのではないと思っています。倫理とか哲学が曖昧のまま、次の世代につないでいいのかなという疑問はありますね。これまでの工業デザインを作り上げてきた方の概念と、いまを活躍する二俣くんの話を聞いたら次が見えてくるんじゃないかなと思っています。

福岡のことで考えてみると、音楽が盛んなのはわかる気がしますが、音楽だけが突出してもだめだと思いますし、街としてアート産業が生まれくる土壌はどういうものかというのを、もう一度見つめ直す必要があると思います。そういう意味では、今回のトークイベントは様々な業種の方にも観て聞いてもらいたいですね。ほかの産業の方が抱えている疑問と置き換えることもできるかと思います。

wsug_0001


C:コロナによる緊急事態宣言などで、運営における難しい面もあるかと思いますが、
オープンしてからの反応や反響があれば聞かせてください

:コロナの影響でいろいろ難しくなることは予想していました。でも、日本がこんなに手こずる「相手」だったとは予想していませんでした。私は台北にてギャラリー・ブックストアを運営していますが、台湾政府の対応が素早かったので思ったほどの影響はありませんでしたが、日本ではまさに八方塞がり状態がいまでも続いているのが実際信じられません。

でも、前田さんのスタジオとしての機能は十分活用されていると思います。私は福岡にこんなに多くのファッションブランドが頑張っていることも知りませんでした。ぜひ、我々でできることがあればお役に立てると光栄です。これだけオンラインが必要とされている時代ですので、そのためのビジュアルが必要になるわけです。特にファッションは切り替えが早かったですよね。これは日本だけではなくて、世界中でもそうだと思いますよ。

:コロナになりアパレルメーカーからの依頼が以前よりも増えました。

wsug_0024 撮影スタジオとしての機能を果す白壁


C:今後、ここがどういう場所になっていってもらいなどがあれば聞かせてください

:中牟田さんがイベントや配信を行われることで、この場所のことを多くの方に知って頂けるのは有り難く思っています。訪れた人が、ここにきたらクリエイティブを掻き立てられるような場所になってもらいたいです。

:前田さんの仕事の写真もアートであって、アプライドアートとして多くの人に観てもらえるようにやっていると思うんですけど、僕はアートやエンターテイメントは大衆のためにあるものだと信じていまして、限られた人や場所のためのものではなくて、ここで作ったものをより多くの人に観てもらいたいと思っています。

1990年から世界をまわって、去年30年ぶりに福岡に戻ってきて、福岡はクリエイションのパワーが沢山詰まっていると感じました。ただ、アーティストやクリエイターがアウトプットするプラットフォームが少ないとも感じています。私は海外へ行った時に、その土地のアーティストがどうなのかというところに興味があるので、そういう福岡におけるコンテンポラリーの文化へのアクセスをよくすることで、みんなが福岡へ来たいと思うのではないかなと思います。もう美味しいものがあるのは分かっていると思うので、次は文化を育てていく時期だと感じています。

コロナがなければ台湾にいたかと思うんですけど、この福岡で暮らし始めると、今、自分に何ができるのかと考え、自分が経験してきたことやネットワークを生かしたような形で行うクリエイションをできたら、実験的にも、教育的にもなりますし、もしかすると福岡のためにもなるかと思いました。WSUGは、そういう発想のきっかけをくれた場所でもあります。場所自体ではなく、文化を語るプログラムを作り、トークイベントなどのライブ配信というプラットフォームで、それを広げていくことができればと思います。








Yoichi Nakamuta | 中牟田洋一
1957年、福岡市生まれ。 15歳から渡米、80年代はニューヨークでアーティスト達と暮らす。90年代はロンドンやパリ、オランダのデザイナー作品をプロデュース。2000年代はデザインからアートや音楽の海外ツアーや、日本企業の欧米でのデザイン展のプロデューサーとして移動過多。2010年からは時差が少ないアジアシフトをとり、シンガポール政府のデザインコンサルとして7年間過ごす。その後、台北で若いアーティストを紹介するギャラリー・ブックストアーPon Dingをオープン。日本ではCLEAR GALLERY TOKYO、プロダクトデザイン会社 E&Yのオーナー。2021年5月、福岡の活動拠点 Workshop Undergroundを設立。https://wsug.net/




Koji Maeda | 前田耕司
1981年、熊本市生まれ。アパレル業界に就職するが、2006年に25歳で写真の世界へ転身。写真スタジオで6年間勤務を経て、2012年よりフリーランスに。ファッションを中心に、広告、雑誌などで福岡を拠点に活動中。

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