One step forward

「鈴懸の空気」をデザインする。

Words by Kenji Jinnouchi, Photographs by Hiroshi Mizusaki,Edit by Masafumi Tada

福岡を拠点として国内外でクリエイティブに活動する人々の“日常”を
発信するメディアとして誕生した「CENTRAL」。
それを立ち上げからサポートしているのが「Suzukake Design Lab.」。
今回のFEATUREは「Suzukake Design Lab.」の中岡生公氏を招き、氏が代表を務める鈴懸の店舗設計や空間デザインなども手掛ける二俣公一さん(CASE-REAL)、カメラマンの水崎浩志さん(Loop photo creative)、
グラフィックを担当する岩下建作さん(岩下建作デザインオフィス)を織り交ぜ、座談してもらった。
老舗の暖簾を独自の世界観を持ったブランドへと導く、4人のものづくりの姿勢を覗いてみた。


C まず、皆さんが鈴懸と関わるようになったきっかけから。

水﨑さん(以下:水) この中で一番長く関わっているのが僕です。以前所属していたスタジオから独立する際に、たまたまご縁があって鈴懸のお菓子を撮りはじめたのが最初ですね。

二俣さん(以下:二) そのとき、水﨑さんが中岡さんに見せた作品のなかに僕が手掛けた建築物の写真が入っていたらしく、それを気に入ってもらって面識を持つようになったのがきっかけですね。


中岡さん(以下:中) ちょうど福岡の大丸に支店を計画しているときで、そのときは一回流れてしまったんだけれど、その後も彼の仕事は見続けていて。2007年の新宿・伊勢丹、そして2008年の上川端に本店を作るとなったとき、お願いしたんです。

 その本店の誕生に合わせ、中岡さんからいいグラフィックデザイナーを紹介して欲しいと頼まれて、いつかまた一緒にお仕事する機会をうかがっていた、岩下さんを紹介しました。
岩下さん(以下:岩) (うんうんと静かに頷く)


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C 鈴懸の仕事はどのようなスタイルで進めるのですか?

 鈴懸の仕事はちょっと独特で、全然関係のないところからキャッチボールを始めるんです。というのが、普通は「こういう依頼があります」、「じゃあこうしましょうか」って“問題”が起こってから“解決”を探し出すでしょう。でもここでは「こういうのいいよね」とか、「こんな面白いもの見つけたんです」とか、普段から顔を合わせたときに雑談のようなことを繰り返すんです。それを繰り返すうちにふつふつと新しい店づくりへイメージが湧いてきて、ある日沸点がきて、「今度の店舗でこうしたいっちゃけど」って初めて仕事として動き出す感じです。

 写真にしてもそう。かっちりとしたコンセプトを決めるとかはなくて、いつも「ふわー」っとしたテーマがあるだけ。撮影直前の打ち合わせよりも、普段交わしていた会話から、言語化はできてないけど、なんとなく伝わってきた雰囲気を表現するという作業。だから、商品の撮影で2日間予定を組んでいても、初日は方向性を手探ることに明け暮れ、結局1日で1カットしか撮れないとかもあります。

 でも一度方向性が定まったら、全然口を出さないよね(笑)。

 確かにそうですね(笑)。新しく刷った菓子の冊子やHPの写真のときもそう。「もっと生っぽい感じに」ってずっとリクエストされて。

 料理は「しずる感」とかいうけれど、それよりも何より、和菓子に触れるような質感が出したいと思ったんよね。例えるなら家庭の台所に和菓子が置いてあるような空気感というか…。だから今回は器も焼き締めだけじゃなくて、家庭にあるような漆器とか古伊万里のような器も登場させたり。どうしてそれがいいかと訊かれたら、自然と感覚でとしか言いようがないけど(笑)。

 きっと中岡さんの中では、鈴懸を持って行きたい方向やそのアイデアがいつも渦巻いていると思うんです。僕はそれを整理することで形にする役割だと思っています。いま店で使っているロゴもそう。

 和菓子とはとか、鈴懸とはってずっと突き詰めて考えていったら、店を象徴するのはやっぱり「鈴」だろうと。

 でも、このマーク(銀色の円と金色の円が重なったもの)も、円の大きさから重なる幅まで何十種類も並べて、吟味しましたよね。多分、他人が見たらきっとどれも同じに見える僅かな違い。でも、やっぱり選んだものは気付かないながらも一番雰囲気があったんです。

 まさに、空気を作るってことなんだと思います。頑張ってブランディングするわけではなく、少しだけ変化を加えていく。半歩先の鈴懸に近づいていく。


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C 本店は空間を縦割りにして菓舗と茶舗を分けていますが、どうしてあのような配置にしたんですか?

 確かに通り沿いに和菓子のショーケースを設け、奥に喫茶スペースがあるのが一般的かもしれません。ただ、この店にとって菓子を扱う場所こそが神聖で、喧噪から離れ落ち着いて選べるようにしたかったんです。また一方で、茶舗もゆっくりくつろいでもらえるように、椅子などの家具もオリジナルで製作しました。実はあの椅子にはモチーフがあって、それは福岡市美術館のレストラン「カフェテラスなかむら」の椅子です。ずっと前からあの椅子は幅といい座面の角度といい、日本人のサイズ感にフィットしているなと感心していて、本店の設計を任されたとき、これしかないと思って。

 そうそう、「この椅子の座り心地いいでしょう?」って連れていかれたよね。

 あの椅子も和菓子店にしてはちょっとモダンですが、お客さんにいかに心地よく過ごしてもらうかが大事だと思ったので。

 うちは和菓子屋なのでもちろん和は意識するんですが、だからといって全てを和のアイテムでかためるわけではないんです。いま、本店の茶舗の窓際に、道を行き交う人の視線や太陽の光を遮る雪見障子のようなものを設置しようとしているんですが、形がどうとか決まってなくて、ただ出来上がった雰囲気が和であればいいなと、それくらい。

 その障子が開いた隙間も、行き交う人の足元がどれくらい見えるかとかで心地よさがまた全然違う。それは1cmかもしれないし、数mmかもしれない。中岡さんからは、そのさじ加減はお前に任せるから、どうしてその高さにしたかの理由だけ教えてくれ、と言われてます。ほんと、阿吽の呼吸というか、作り手の導き方が長けていると思いますね。


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C みなさんにとって、福岡でクリエイティブな仕事に従事することってどのような意味があるのでしょう?

 生まれも育ちも福岡の僕にとって、自然やあらゆるものとの距離、食の豊かさなど当たり前すぎて気付かないものがたくさんある土地だと思います。もちろん、東京に比べたら機材などの面で不自由な部分はありますが、鈴懸のような面白い企業もありますし。ただ、鈴懸のような一クリエイターでもコンサルティング的な要素を求められる仕事に慣れてしまうと、ほかのクライアントワークのときでも分を越えた段取りまでやっちゃうことがままありますね。それは良くも悪くもでしょうけど。

 僕は大学のときから福岡に来て、肌に合うから居着いちゃった一人。確かに東京はチャンスの数では群を抜いてますが、それと自分のポテンシャルとはまた別の話だと思うんです。東京はものすごい量の情報が常に編集され、ブラッシュアップされている街。でもそれに刺激は受けるけど、東京にいる間は考えが湧いてきません。福岡の事務所に帰って籠っているときに、その余韻がふっと湧いて来てやっとアイデアが浮かぶんです。水が入った容器にいろんなものを入れてわーっと撹拌し、しばらくするとそれらが沈殿してはっきり見えるような感覚でしょうか。

 僕も山笠を舁くような生粋の博多っ子だから、その感覚はわかるな。水にあう、肌にあう場所で過ごすというのが自分が自分であるために一番大事な部分かもしれんね。

 ただ思うのは、足場は福岡に置いたとしても、表現するものは広く伝わって欲しいと思います。仕事やクリエイションって、どんどん化学反応で広がっていくものだと思うので。福岡だからできない、とかはありえないと思います。 

 僕もこの仕事に携わるようになって、まわりの人たちからいろんな刺激をうけて、ものづくりの取り組みもちょっとずつ奥行きとかズレを楽しめるようになってきましたね。4月にオープンしたJR博多シティのデイトス店の空間やそこにかかる書にしても、日本画の神戸智行さんのモダンな図柄を取り込んだ新しい包装紙にしても、いままでの路線からみると違和感というか、あえてズラすようにしていますよね。

 やっぱり専門的にデザインを学んで、ピラミッドのようにロジックを積み上げて作ったものが正解じゃないことも多いですから。本店のエントランスに五色の暖簾をかけることも、設計の最終盤に決まって違和感が出ないかと心配したんですが、いま見ると店に必要なパーツだったと感じます。

 ずっと同じことの繰り返しだと作っているほうもつまらないじゃない。こっちが楽しめばきっと向こうも楽しいはず。和菓子にしても文化って本来は日常的なものだから、それを身近に楽しんで、どれだけ豊かでふくよかな気持ちになってもらえるかを大切にしたいよね。



中岡 生公
鈴懸 代表取締役
「現代の名工」に賞された初代中岡三郎の教えを受け継ぐ、
老舗和菓子店「鈴懸」の三代目。
http://www.suzukake.co.jp


岩下 建作
グラフィックデザイナー
1969年福岡県生まれ。2000年に岩下健作デザインオフィスを設立。
印刷物を中心としたグラフィックデザイン及びアートディレクションを行う。


水﨑 浩志
写真家
1970年、福岡県生まれ。2000年よりフリーランス。
対象はstill lifeからarchitectureまで幅広い。

www.loop-pc.jp

二俣 公一
デザイナー
1975年鹿児島県生まれ。“CASE-REAL”と“KOICHI FUTATSUMATA STUDIO”(二俣スタジオ)主催。
福岡と東京を拠点に国内外でインテリア・建築・家具・プロダクトのデザインを手掛ける。
http://www.casereal.com
http://www.futatsumata.com

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