DAYS_

Mitsutoshi&Tomoko Takesue

ビザなしで行くロシア。

IMG_6140高校時代に『007ロシアより愛をこめて』という映画を観た当時、ロシアとは母が作るロシア漬けか、ドストエフスキーの小説で感じる重苦しい空気に包まれた過去の国でしかなかった。存在していたのはソヴィエトと呼ばれる、世界ではじめて革命を経た社会主義国家で、いつアメリカと核戦争を始めるかわからない、とメディアが騒ぐ厄介な国というイメージだった。でも、いつの間にかその国はなくなり、出戻り娘のようにロシアという名前に戻った。それから世界がどんどん変わっていった。
去年の年末、正月休みを利用してウラジオストックへ行こうと思った。しかし、いろいろ調べてみると日本からの船はすべて運行中止で飛行機も乗り継ぎを含めると結構な時間がかかるし、値段も案外高いし、なによりビザを申請しなくてはならないということで断念した(つまりお互いの国が仲が悪いとうことか)。春になり、そろそろ夏のフィンランド買い付け旅の計画をする段になって「ヴィープリへ行こうか、アールトの図書館を見に!」ということになった。初ロシアが現実味を帯びてきた。ヘルシンキで日本の民芸などを扱っている友人が確か言っていたはずだ「フィンランドからだと、ビザなしで行けますよ」と。一泊二日のパックツアーに参加すればOKなのである。
ヘルシンキからレンタカーで3時間半、フィンランド最大の湖に面した町ラッペンランタから早朝船に乗った。博多から志賀島へ向かうフェリーくらいの小型の船で約6時間かけて、ヴィープリまで南下するわけだ。ほとんどがフィンランド人で日本人はぼくらだけ。途中、8回だったか、水位を調節する水門を通る。内陸から海に向かう往路は標高差76mを段階的に下げなくてはならない。つまり1回に約10m、水門を通る度に船は少しづつ降下する。朋子はその都度、デッキに駆け上り、子供連れの人達と一緒に排水の様子を熱心に動画に記録していた。たしかに、なかなかの見ものである。
この運河は1856年、ロシア帝国のインフラの一環として造られ、その後拡張された。カレリア地方と呼ばれるこの地方には無数の湖があるので、それを繋ぐ形で掘り進んだのだろうが、それにしても人間の欲望はすごい装置を生み出すものだ。いや、正確には「国家」の欲望といったほうがいい。その証拠に、カレリア地方はその後フィンランドとロシア、ソヴィエトとの間の国境紛争の場となった。この運河は木材をはじめ、兵隊や軍事物資なども運搬する国家の生命線だったのだろう。それを、今、白樺の森を両岸に眺めつつ、ぼくは鮭のクリーム煮に舌鼓を打って、カウリスマキの映画から抜け出たような男が唄うプレスリーのラブ・ミー・テンダーを聴きながら遊覧しているわけだ。「いま、ロシアの国境線を越えました」との船内アナウンス。といわれても、小さな検問所を横目に素通り。ありがたいことに、森の風景にはバカらしい境界はない。

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