Stairs to fantasy

心ゆたかになれるもの

Words by Kenji Jinnouchi, Photographs by Hiroshi Mizusaki,Edit by Masafumi Tada

薬院と警固の狭間に店を構える、アンティーク家具の店「krank(クランク)」とビンテージクローズなどを扱う「marcello(マルチェロ)」。CENTRAL_メンバーでもある藤井健一郎さんが、弟の輝彦さんと営む店だ。そこは“アンティーク”や“ビンテージ”という枠だけでは納まらない、藤井兄弟の感性、内面が溢れ出た幻想的な空間。今回は、カメラマンの水﨑さんを含むCENTRAL_のメンバーやスタッフ一行で藤井さんの店を訪問。藤戸さんと二俣さんは、ファッション、建築のそれぞれの立場から、その独特の世界観のある店づくりについて聞いてみた。

二俣さん水﨑さん、編集長の多田さん、CENTRAL_取材スタッフ、そして二俣さんの仕事仲間である大阪の照明デザイナー・中村達基さんを加えた大所帯で、店の前で待ち合わせ。藤戸さんは遅れて合流することに。「クランク/マルチェロ」は全国にコアなファンを持つ店だが、店先に看板はなく、そ知らぬ顔で通りに佇んでいる。初めてならば何度も通り過ぎてしまうだろうし、実際、交番に訊いて辿り着く客も多いらしい。
白い引き戸を開け「クランク」に入る。中に入ると店内はほの暗く、所々に吊り下げられた裸電球がヨーロッパ各地から集められた家具や古道具をぼんやりと照らす。棚や机、椅子から梯子や什器…、かの国の家庭や店先で普段使いされていた無骨な家具たち。陰影をたたえ佇むさまは、彼らが歩んで来た物語を静かに語っているようだ。奥から藤井さんが現れ、いつもの屈託のない笑顔で迎えてくれた。

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二俣:「僕が設計者として興味があるのがこの店の入りにくさ。僕も20代の若い頃とかは、閉鎖性とデザイン性のさじ加減が分からなくて、『閉鎖感があったほうが格好いいでしょ』とか思ってた時期もあったんです。ここはその頃の突っ走った感じがそのまま形になっているから感動して」

藤井:「2004年にクランクをオープンさせたんですが、その前からいろんなお店の内装をアドバイスしたり、家具を搬入したりしてました。で、いざ自分の店を出すとなったとき、“お手並み拝見”てなるでしょ(笑)。だから建築の素人なりに、アプローチには力を入れることにしたんです」

藤井さんが表現したかったのは、宮沢賢治の物語をモダンにした世界観だったり、フランスのジャン=ピエール・ジュネ&マルク・キャロ監督の『ロスト・チルドレン』のノスタルジックでどこか陰を感じる世界。

藤井:「僕がやろうと思っていることは、ともすると幼稚で子どもっぽいことだから、逆にアプローチには緊張感がないとアートとして成り立たないと思って」

そのイマジネーションの架け橋となっているのが、もはや語り草となっている、1階のクランクから2階のマルチェロへ向かうアプローチ。クランク横のトンネルのような階段を登ると、そこはなぜか芝生が張られた屋上。2つの店を結ぶ空と芝生。芝生の脇には澄んだ水をたたえた水路がある。

二俣:「建築の人間からすると、屋上に水路を作るとかありえない。普通はいかに水漏れのリスクを減らすか考えるからね」

切り取られた白壁の先には、こんもりとした鎮守の森と古烏神社の鳥居が見える。その対面にある自動ドアをくぐるとようやくマルチェロの入口に辿り着く。そこから売り場へ続く階段もかなり狭い。二俣さんが、大きな体を小さく丸め、いかにも窮屈そうに階段を下る。

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藤井:「実は“子ども”がテーマの一つ。子供服を扱っているわけではないですが、ドアノブの高さとか階段の狭さ、自動ドアも全部が子ども目線にしつらえてて、大人が逆に不自由を感じるくらいが面白いのかなと」
足元に目を移すと、床で光の帯が揺れている。屋上の水路が天窓となって、太陽の光が射し込んでいるのだ。上に人がいればお互いの姿を見る事も出来る。金沢21世紀美術館の恒久展示作品『スイミング・プール』を彷彿とさせるが、違うのは、水面の下では実際に服が売られ、会話があり、人の営みがあるということ。藤井さんは奥のクローゼットにも案内してくれた。この中も圧巻の世界。一行から「宇宙旅行に行くくらいの異空間だね」との声が漏れる。
『クランク/マルチェロ』の叙情性を一層膨らませているのが影。飛行船や人形、花や動物などさまざまなものが壁に投影され、物語の一遍を眺めているような気にすらなる。

藤井:「以前は4坪くらいの小さな店で、模様替えとかしたいけどお金はかけれない。そんなとき、『そうだ影だったらタダだ』って思いついたんですよ」
照明デザイナーの中村さんも「照明を灯す高さから、滑車を使ったアプローチ、コードを垂らす長さまで計算しつくしているなと感じます」と舌を巻く。
プロでは到底思いつかない、思いついたとしてても実行しない“非常識”なアイデアの数々を、時間をかけて煮詰め、独特の世界を作り上げて来た。

二俣:「1つ1つのシーンが濃密だから、情報量が多すぎて解釈が追いつかない。こんなに気が高ぶる店はほかにないと思う」

そして遅れて藤戸さんが現れた。(アプローチに)開口一番「いやあ、びっくりしました! ここはアトラクションかと思った」。

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藤井:「もともと別の場所でやっていた店なので、1階と2階で“一軒”みたいにしたくなくて、別々の店みたいにしたくて」

藤戸:「このビルって元は竹清さんたちが立ち上げた“KOO-KI”が入ってたんでしょう」

藤井:「そうなんですよ。10年前に物件を探してたとき何軒か候補があって、ここが一番家賃が高かったんです。でも実は“KOO-KI”が使ってたと知って、これは縁起のいい物件にちがいないと思って決めたんです(笑)」

藤戸:「普通、店づくりってセオリーがあるんですよ。日本人だと右利きが多いから動線を右回りにするとか。Directorsではあえて逆回りにしてるんですけど、でもここはそういう次元も軽く超えちゃってますよね(笑)」

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藤井:「僕自身、本当は本を書いたり映画を撮ったりすることに憧れを抱いている人間なんです。だからストーリーを考えるのが楽しくて。店づくりもその一環。買物に来て楽しいという気持ちに、もう1つ何か上のせできる幸せを与えられたらいいなあって」


世の中にはさまざまな価値観があるが、『クランク/マルチェロ』が提供しているのが、「心ゆたかになるもの」。ストーリーのある家具やクローズ、それらを引立たせる空間づくりまで、異端が故の唯一無二のオリジナリティ。その振り切ったものづくりの姿勢に、全員がクリエイティブ魂を刺激された時間となった。





藤井健一郎
バイヤー・プロダクトデザイナー
1973年2月13日生まれ。2002年、福岡にビンテージクローズショップ「marcello」、2004年、家具店「krank」をオープンさせ、翌年より東京での個展をはじめる。空間、プロダクト等のデザインをはじめ、ライブステージ演出、ギャラリーとしての活動も行う。年間5~6回は、フランス・ベルギーを中心に、ヨーロッパ各地にバイイングに出向く。 
http://www.krank-marcello.com

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