KEEP COOL

ボストン、原種蘭経由、ラクガキ

Words by Kenji Jinnouchi, Photographs by Hiroshi Mizusaki,Edit by Masafumi Tada

原生蘭を中心とした野生味溢れる蘭を扱う「Placerworkshop」。
その主、内田洋一朗さんは蘭の栽培を行う傍ら、タイポグラフィ作家としての顔を持つ。
その活動は有名アパレルショップとのコラボのほか、雑誌や地域情報冊子のタイトル製作など幅広い。
今回のFEATUREでは、藤戸さん、水崎さん、多田さん、CENTRAL_スタッフで連れ立って、
玉川町の「Placerworkshop」を訪問。内田さん自身が「ラクガキ」と呼ぶ、タイポグラフィの誕生秘話などを聞いた。


藤戸さん(以下F)「確か内田くんと最初に会ったのは東京が初めてよね?“Roundabout”の小林さんとご飯食べにいくことになって、小林さんが『福岡から友達が来てるから一緒にどう?』て言われて。それで来たのが内田くんやった」

内田さん(以下U)「そう。その後、お店に行って買ったのがこのジーンズなんですよ」

F (履きこんでいい味が出たジーパンに)「すごかね。あれ、内田くん左ききだっけ?左のポケットが擦り切れとうけど」

U 「いや、ユニフォーム的に使うからハサミとかどこでもガシガシ入れるんですよ」

F 「なるほどね。おれ犯人が脱ぎ捨てたジーパンのプロファイリングなら出来る気がするっちゃんね。利き腕とかこの人はタバコ吸いますねとか、iPhone使ってますねとか」

U 「この雰囲気だと第三世代ですねとか(笑)」

二人の出会い話から始まったジーンズ談義。そこからタイポグラフィティの話へ移っていく。
壁という壁、さらには床や作業台、天井までもがタイポグラフィティで埋め尽くされている「Placerworkshop」。その誕生は、内田さんが20代に留学していたボストン時代までさかのぼる。
その頃、週末の度にニューヨークへ出かけた際、内田さんの目をひいたのが、街角に描かれた落書き。「アメリカ人が書いた文字の書体というかバランスがとてもかっこ良く思えたんです」(内田さん)。
帰国後、親からの勧めもあり蘭の店を引き継ぐことになるが、最初は気乗りしない仕事だったという。だが、ある蘭農家で原種系の蘭に出会ったことをきっかけに、蘭の魅力に取りつかれていく。そして贈答用の蘭中心だったラインナップを野生味溢れる蘭に変え、店も床のタイルを剥がし、壁を白く塗り一変させてしまった。
「当然、いままでのお客さんは離れて、売り上げもガクッと落ちたんです。そしてあまりに暇で、自分を落ち着けるために書いたのがこれなんです」
そう言って内田さんが見せてくれたのが、壁のやや足元に書かれた“KEEP COOL”の文字。「一番最初に書いた文字だからいまと書体が違いますね。その下は“DO NOT THINK TOO MUCH”ですよ。そのころどんなに僕が迷っていたか分かるでしょう(笑)」


_MIZ1579
C「文字って普段どんなペンで書いているんですか?」

U「見ます?ごく普通のマジックですよ。ただ、顔料インクが入ってて、インクに厚みが出るやつですね」

そう言っておもむろに奥から白いパネルを取り出し、さらさらと文字を書き出した。出来上がったものを見ると“CENTRAL”の文字が。文字を書いているときの気持ちを尋ねると、無心で息をすることすら忘れてしまっているという。
内田さんが文字を書くのは紙や壁のほかシューズやスケートボードなどさまざま。

_MIZ1580
F「内田くんの落書きって対象物のチョイスがいいよね」

U「書くのは、なんてないやつが一番ですね。粗悪なものというか誰にとっても何とないものが書きやすいんです。だから車とかはあの時代のなんとかで、とか考えちゃうから筆が止まっちゃうんです。でも、ハッチの一部に書くとかだったら面白いかもですね。いま自宅に全然聴いてなくて眠っているレコードが一杯あるから、そのジャケットにも書こうかなと思ってます。」

そして、タイポグラフィで書体とともに気になるのが書いているその内容。
(ガラス瓶を手に取って)「これとか、ガラスとは一体何なのかを延々書いているんです。このバケツには水とは何かを書いてたり、YouTubeについて書いたりとか、ニューヨークからボストンまでの行き方を書いてそれをポスターにしたこともありましたね」(内田さん)

IMG_0798
F「内田くんてまだ夢って英語で見てると?」

U「いや、もう見なくなりました。英語で夢を見ていた頃は書く内容もスルスル出てたんですけど、いまは掘り出すのに時間がかかるから、いろんな英語の本読んだり、思いついたときにメモったりはしてますね」

CENTRAL_の取材は、2年ぶりの東京の個展に向けて準備の最中に行われた。その後、帰福した内田さんに話を伺うと、原生蘭とタイポグラフィの両方を待ち望んでいてくれた熱気を感じたという。とくにタイポグラフィを無数に貼った壁の前で、立ち止まってずっと眺めていた人たちの姿が印象的だったという。

水崎さん「空間やモノに書かれた内田くんの文字もいいけど、いつか本で見てみたいよね」

U「実は冊子にまとめたいなと思ってるんです。いつも夜仕事を終えて落ち着いたときに取りかかるんですが夢中になって書き続け、気付けば空が白んできていることもしばしばで。それくらいはまってます」

水崎さん「そういうのって、自分の作品を撮っているときの感覚と同じかもね。そういえば、スタジオにぶら下げる蘭を内田くんに見立ててもらおうかと思ってて」

U「それだったらこれが37年くらい前の素焼き鉢に入ったやつで…」

こうして、内田さんのもうひとつの本業へ。植物を育てる喜びやそこから生まれる心の豊かさ。日本でもなく、アメリカでもなく、内田さんの感性が生み出したPlacerworkshopという空間にはそれが満ち溢れていた。




内田 洋一朗
蘭栽培家・タイポグラフィ作家

1978年、福岡県生まれ。 ランの店 PLACERWORKSHOP(プラセール)のオーナー。 原種のランを中心に販売。自身が描くタイポグラフィと共に蘭の魅力を伝える。 本店PLACERWORKSHOP No.1を南区玉川に構える。大名のmanu coffeeにてNo.2、 D&DEPARTMENT FUKUOKAでもNo.Dを展開。
http://www.placer-workshop.com

SHARE :