Dyeing in the Amami Doro

奄美の自然をまとう

Words by Kenji Jinnouchi, Photographs by Koji Michizoe(DazzleWorks) ,Edit&Photographs by Masafumi Tada

ファッションブランド「FUJITO」の2015年春夏コレクションに加わった、深い藍色のアイテム。シンプルな装いに日本の伝統技術でしか表現できない色を染めつけることで、服にストーリーと奥行きを与えている。
それらの染めを手がけているのは、奄美大島の染色工房「金井工芸」だ。泥と植物という奄美大島の大地から生まれるものを使い染色する「泥染め」は、1300年の歴史を持つ伝統工芸品「大島紬」の工程のなかでも、重要な役割を担っている。
金井工芸はその染めに携わる工房のなかでも、アパレルのアイテムも染色する異色の存在だ。奄美大島の自然のなかで、どのようにして味わいのある色が生まれてくるのか。その現場を知り、そして体験してみたい。
FUJITOディレクターの藤戸剛さんが奄美大島へ飛んだ。

金井工芸が工房を構えるのは奄美大島の北東部。奄美空港から車を30分ほど走らせた場所にある。南国らしい背の低い家が点在する集落を抜け、蘇鉄が群生する山の麓に金井工芸はあった。出迎えてくれたのは、工房を営む父のもとで泥染色に携わる、金井志人さん。金井工芸のなかでは、約10年前から染色の仕事についた金井さん、そして3年前に東京から移住して来た川島ゆたかさんの若手二人が、アパレルアイテムの染色を中心に行っている。

大島紬の歴史は古い。最初に文献にあらわれるのは奈良時代まで遡るという。
「奈良の東大寺や正倉院の献物帳にはすでに『南島から褐色紬が献上された』と記録が残されています」と金井さん。
大島紬は絣模様をつくる締機、泥染め、手織りなど多くの工程に分かれ、1年近くをかけて作られる分業制。金井工芸ではその染めを担当している。
工房に入るとまず目に飛び込んでくるのが、天井から吊るされた巨大なテーチ木(和名は車輪梅)の塊。テーチ木の樹木をチップ状に砕き、一回に600kgほどを2日間かけて煮出す。この茶褐色の染料と、泥田の泥を組み合わせ、数十回と染めることによって大島紬の命ともいうべき「大島の黒」が出来上がる。

現在、島内で大島紬の泥染めに従事している工房はおよそ10軒。金井工芸では島の主要産業だった大島紬を身近に感じて欲しいと、泥染め体験も行っている。
今回、藤戸氏は泥染めをするための大判の布を持参していた。
まずは染色する色選びから始まった。紺や黒、褐色など10種ほどのサンプル色の布からターゲットとする色を決める。金井工芸では染めは主にテーチ木由来の染料と泥を使った泥染め、藍による藍染め、そして藍染めと泥染めを組み合わせたもの、天然の草木を使った草木染めの4つを行っている。
藤戸さんは藍染めに泥染めを重ね作り出すサックスブルーをセレクトした。
まずは生地を湯通しすることで繊維に染料が入りやすい状態にし、藍染めに移っていく。
瓶に入った藍染めの染料は、漆黒に近い濃さがありながら、それでいてどこまでも透明な気もする不思議な青色をたたえていた。

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「この藍は、沖縄で藍を育てている農家の方のものなんです。藍も農作物と一緒で、育てている土地や人によって、仕上がってくる色の質が全然変わってくるんですよ。ほんと食べ物と一緒だなと思って」と金井さん。

ふと棚に目をやると、奄美特産の黒糖焼酎が。不思議に思って尋ねると、「藍って不溶性なので、本来は水に溶けにくいんです。でもアルカリ性に傾くと溶けやすい。だからアルカリ性にキープして菌に酒や水飴など糖分を補給して発酵させているんです」とのこと。確かに液の表面には発酵のような泡立ちが見える。
布を藍に静かに浸け引き上げる。すると若草色に色づいた生地がみるみるうちに青に変わっていく。空気に触れた部分から酸化がはじまり、ブルーへと変色しているのだ。その魔法のような光景に藤戸氏からも思わず驚きの声が漏れる。
「よくこの緑色で色を止められないかといわれるんですが、そうするには空気のないところに行くしかないんですよね」と金井さんは笑う。その生地を一旦地下水で洗い脱水をかけて、さらに藍に漬込む。薄いブルーを狙う藤戸氏は2回その作業を繰り返す。

そして、テーチ木の染料で生地の空気を抜くように動かし染着させ、
いよいよ泥染めのハイライトともいうべき泥田へ。
「昔から雨量の多い奄美大島には年中水場が絶えない場所があって、そこに古代層の成分が流れ込んできているんです。泥染めの起源は諸説あって、テーチで染めた着物に泥がかかったとか、薩摩藩統治下の『紬着用禁止令』の際に役人の目を逃れるために田んぼに隠した着物が綺麗に染まっていたからだとか。この泥田は150万年前の古代地層があるといわれています。その土には鉄分が豊富に含まれていて、それが媒染することで大島紬の黒が生まれてくるんです。そしてときどき、鉄分が足りなくなったなと感じたら、蘇鉄の葉を砕いて放り投げます。蘇鉄って“鉄が蘇る”って書くでしょう。その名の通り、鉄分を補給する効果もあるんですよね」。確かに工房からも蘇鉄の山が見える。

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「ほんとテーチ木といい、泥といい蘇鉄といい、泥染めって奄美大島の大地全体で染める技術なんやね」と藤戸さんがつぶやいた。金井工芸ではいまでも染色した布や糸を、近くの渓流で洗いにかけてる。はるか昔から変わらぬ自然と一体となった製法を続けていられるのも、泥染めが天然由来の染色だからこそ。
泥をすくいあげて見せてもらうと、その質感はクリームのように細かく滑らか。この粒子の細かい泥だからこそ、糸を傷つけることなくムラなく染色することができるという。

泥田では沈殿した泥を足で撹拌させ、水全体に行き渡らせた状態で揉み叩くようにして染めていく。常に中腰での作業で、かなりの重労働だ。そして出来上がったアイテムは洗ったのちに、乾燥を待つこととなる。
「大島紬の黒にする場合、この工程を100回近く繰り返します。染料の特徴があるんで1回で生地に入る色の量って決まっているから、濃淡は回数で調整するほかないんですよ」(金井さん)。

そして染め体験が終わり、乾燥を待つ間にアトリエに場所を移し藤戸さんと金井さんの打ち合わせがはじまった。
実はいまFUJITOは鈴懸から風呂敷の製作依頼を受けていて、その染色を金井工芸にお願いしている。その風呂敷はお菓子の包装としてだけではなく、日本酒やワインの手提げなど、用いるシーンはさまざま。泥染めという伝統ある技術を鈴懸というフィルターを通すことで、新たな格調ある布を目指す。その深い黒も大島紬の黒のように、何度も色を重ね生み出されている。

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藤戸:「今日実際に染めてみて分かったけど、何度も色を重ねるからこのなんともいえない黒になるんやね。黒の奥にうっすらと青が見えるというか、日本でしかできない黒。透け感もあるし、見る角度や光の当たりかたによって微妙な色のニュアンスが出るのがいいっちゃんね。でも、普通の大島紬の染色工房って基本的に黒にしか染めないんでしょう」。

金井:「そうです。島内にある10軒の工房も“大島紬の黒”をつくるための工房としてあるんです」

藤戸:(グレーの布を指しながら)「でもこの辺のグレーもやさしい色合いでいいじゃないですか。これに藍のブルーも混ぜてみようとか、柔軟にこちらの提案を受け入れてくれるし、提案もしてくれるでしょ」。

金井:「実は最初はアパレルの分野で泥染めの技法を用いるという、いわば『邪道』ともいえる挑戦をすることが、大島紬の価値を落とすのではないかと不安も感じていたんです。でも、続けていくうちに伝統工芸って頑なに変えないことではなくて、先人の技術を受け継ぎながらも、その時代や人の趣向に合わせていくべきものだと思うようになりました」。

藤戸:「最近はモノが生まれるまでのストーリーがしっかりしているものを求められている気がして。縫製工場だったり染めだったり背景があるものがお客さんにも響くんよね」

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金井:「それは僕も感じます。いま取り組んでいる琉球藍だって、生産者の苦労を知っているから色にも深みを感じます。食べ物と同じで、手をかけた分だけ違った味わいのものが出来上がくるんです」。

以前は多くの島民が従事し、島のほうぼうの家から機を織る音が聞こえていたという奄美。しかし近年は大島紬の産業も激減し、島の人たちにも縁遠いものとなってしまった。その現状に金井さんは焦燥感を抱き、ワークショップや染物体験をはじめた。ときには色落ちして着れなくなった服を染めることをテーマにすることも。

金井:「服を染め直して着るというのは、化学染料がなかった時代は絶対にやってたと思うんです。そうすることで生地も強くなるし、自分でやることで愛着も湧く。色のメンテナンスですよね。10年近く染色に携わっていますが、いまでも天然の素材だけであれだけのグラデーションができるのはすごいと感じます。色を見る、楽しむ。日本はそういうのが長けている文化だと思うので、大島紬やアパレルの垣根を越えて、そういうところにもリンクできたらいいなと思います」

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打ち合わせを終えた、金井さん(右)と藤戸さん(左)


金井志人
染織家
1979年、奄美大島生まれ。高校卒業後に上京し、専門学校で音楽を学ぶ。25歳で帰郷。父が営む「金井工芸」で泥染めや天然染色に携わる。伝統的な大島紬以外のアパレルにも泥染めの技法が使えないかと研究。現在多くのファッションブランドから届く染めの要望に応えている。泥染め体験は前日までの予約。
http://www.kanaikougei.com

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