Counter drinking star

甘く泡立つ、終のすみか

Words by Kenji Jinnouchi, Photographs by Hiroshi Mizusaki ,Edit&Coding by Masafumi Tada

2014年のオープン以来、ワインと洋菓子のマリアージュを掲げた「Wine&Sweets tsumons」(以下:つもん)のシンパが増えている。
お客が味わいにきているのは、選りすぐりのワインと全て手作りにこだわった珠玉のスイーツ、そして一人で店を切り盛る女性店主・香月友紀さんのサービス。無駄を削ぎ落した凛とした空間を縦横無尽に行き来し、ときに真摯な眼差しで、そしてときに愛嬌のある笑顔を振りまく香月さん。
そんな香月さんが、12月からCENTRAL_のDAYSメンバーとして加わった。
店舗を設計した二俣さんや写真家の水崎さん、藤戸さんなど行きつけのメンバーに加え、鈴懸の中岡さんを交えて店を訪問。香月さんとツモンという独創的な店が出来るまでのことをうかがった。


福岡市高砂のビルやマンションが集まるエリアに、ひっそりと佇む「つもん」。
今回の訪問は初訪問となる中岡さん以外は、公私ともに通いつめているという顔なじみの面々。普段通りの“つもん流”のもてなしを受けながら、和やかに話がはじまった。
着席早々、中岡さんが再び席を立って入口のお菓子のショーケースをまじまじと覗き込む。無駄を排したショーケースの中には、オブジェのように精緻で輝く洋菓子が並んでいる。選んだのはラムレーズンと無花果のタルト。“仕事柄”というだけではなく、根っからの甘いもの好きだという中岡さんにとって、ここはじっとしてはいられない店のようだ。


:「このあいだ、店でレーズンと無花果を使った羊羹を作ったんよね」

:「あ、それ間違いなく美味しそう! 折角なので、最初はレーズンに合うワインを出しましょうか。北イタリアで造られているワインで、リパッソという製法で葡萄の搾りかすを使っているんです。その余韻がレーズンみたいなんですよね」


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普段、プライベートでは洋菓子よりも和菓子派だという香月さん。なかでも鈴懸のあんこ(とくに苺大福)には目がないという。だから、この日、大好きな鈴懸の代表が自身の店を訪れるということで、「すごく緊張しています」と笑顔で話していた。
実は香月さんにとって鈴懸は理想の店を実現するために欠かす事のできない、縁を与えた場所でもあった。前職の洋菓子店を務めあげ、いざ自分の店の構想を練っていたとき、中洲川端の鈴懸本店を訪れた。そのとき、香月さんに衝撃が走ったという。
その吸い込まれるような漆黒の漆喰壁に目を奪われ、「お店をお願いするならこの店舗を設計した人やん!」と一目惚れしたという。そして設計を担当した二俣さんを探し出した。二俣さんとの話し合いのなかで、自分の店のイメージが徐々に定まっていった。


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焼菓子をつまみながらワインを楽しんでいると、いよいよつもんのスペシャリテともいえるスフレの準備がはじまった。左右の手を交互に使い、リズミカルに泡立て器をかき回していく。さっきまで卵白や砂糖だった物体がみるみるとフワフワとした泡に変わっていく様が魔法を見ているようで、ついカウンターから身をのりだして覗いてしまう。「はたから見てると手首を痛めそうやね」と藤戸さんが心配するが、手首が柔らかいのか一度もそうした経験はないという。

:「こんな風に、スフレを待っている時間がいろんなお客さんに自然と受け入れられているのがすごいと思うんですよ」

というのも、つもんには香月さん以外のスタッフがいない。スフレを作るのも、ソムリエとしてワインをサーブするのも、お菓子を販売するのも、そして仕込みをするのもすべて香月さんの役割だ。まさに八面六臂の働き。
ただ、絶対的な仕事量はやはり一人には過大で、午前中から仕込みをはじめ、作業は深夜にまで及ぶという。


:「自分を表現できる場所を手に入れた幸せに満ちているから、全然辛いとか思わないんですよね。逆に誰かが作った材料を仕入れたり、作る事を奪われることのほうが死ぬような苦しみだと思います」

お菓子に使う副材料一つをとってもできるだけ自分で作ることが、香月さんの信条のひとつ。そうした哲学は2009年にメープルスイーツコンテスト(このコンクールで香月さんは金賞を受賞)を通して出会った、フランス菓子の巨匠「オーボンヴュータン」の河田勝彦シェフの影響もあるのかもしれない。

:「最初に香月さんに会って仕事の依頼を受けた時の言葉がすごく印象的で、それが『一生私が働ける場所を作ってください』だったんです。ああ、この人はここに骨を埋める覚悟ができているんだと。だったら香月さん一人でも無理のないサービスができることを優先に考え、鰻の寝床みたいな店舗を一本の動線で行き来できるようにして、カウンター一発で勝負できるような独特の形状にしたんです」

:「また、奥の工房との間に扉を付けなかったのがいいよね。丸っと見えているのが潔くていい。こういうのが新しい個人店の姿じゃないかな」

と関心しきりだ。
つもんの研ぎすまされた空間は海外でも評判となり、世界一のソムリエと名高いパオロ・バッソ氏が監修した世界各地の優れたワインを扱うショップやレストランを集めた本でも紹介された。


次第に店内にスフレの甘い匂いが漂いだすころには、メンバーは2杯3杯と杯を重ねていた。香月さんの接客は押しつけがましさやソムリエの“主張”は決してない。ただ、お菓子とワインの相性を知り尽くしていることと、お客のツボを察知する能力が優れていることで、知らず知らずのうちに一番心地いいところへ案内されていくような心地よさがある。

やがて焼き立てのスフレが運ばれてきた。
最初は平屋だった家が二階建てになったようにふんわりと上に伸びた姿。
スプーンをスッと差し入れ口に運ぶ。まるで空気を食べているようなどこまでも軽い食感に陶酔してしまう。


_DSC4579 左より藤戸さん、二俣さん、中岡さん


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:「すごかあ。何回も食べているけどやっぱり感動するっちゃんね。このちょっと甘じょっぱい味付けも絶妙よね」

:「そうですね。塩分も旨味の一部だと思うので、量や種類も工夫しています」

話題は香月さんがパティシエやソムリエを目指すようになったきっかけに。大学時代はお菓子と縁もゆかりもない法律の勉強をしていた香月さん。だが、一冊のフランスの郷土菓子の本に出会い、「パティシエとして生きていく」ことを誓った。ソムリエの資格をとったのはそれからずっとあとのこと。薬院の「プティジュール」での修業時代、近所の酒屋の人からソムリエ試験のテキストを見せてもらったのがきっかけだった。前から興味があった植物のこと、香りのことも含めたワインの世界に夢中になり、本人いわく“犬なみの嗅覚”でなんと一発で難関をクリアした。

いわば、異分野からの挑戦。だがバーやワイン店などで勤務した下地がないまま手に入れたソムリエの称号は、ときに香月さんを悩ませ、葛藤の種にもなったという。

:「たまにワイン通のお客さんから、『あなたが飲んだワインで一番高いものはなに?』とか聞かれたりすることがあるんです。私はワインのそういう部分を追い求めていないから、そんなやりとりをストレスに感じたりして。もともと接客は苦手だったこともあって、一日中お菓子だけを作っていられたらいいのに!って何度も思いましたね。でも、そういうモヤモヤな時期にヨーロッパを旅して、そこで先輩のシェフに連れて行ってもらったパリの『クラウンバー』と『ヴェール ヴォレ』を訪れて、悩みを吹っ切ることができたんです。『クラウンバー』は藤戸さんも行かれたことあるんですよね」

:「ほんとかっこいいんよね。ちょっと辺鄙な場所にあって、客も店の雰囲気もお世辞にも行儀がいい感じじゃないんやけど、いい感じの音楽が大音量でかかってて、勿論ワインも美味しくて」

:「そう。私自身、ワインはこうあるべきっていうきっちりとした型に捉われていた部分もあったんですけど、ワインてこんなにも面白くて色っぽくって楽しい飲み物なんだということを教えてもらった気がして。もうフリーダムに楽しんでいけばいいんだ! と解き放たれたんですよね」

香月さんを奮い立たせた存在があとひとつ。それは、藤戸さんが営む「Directors」で、数年にわたりトランクショーを行っているリベラーノさん。8歳のころから刺繍工房で見習いとして働き、この道60余年の生粋の職人だ。今やフィレンツェはおろか世界でも名手とされる仕立職人のことを偶然ドキュメンタリー番組で知り、その職人気質に一気に信奉者となった。
そして、前回のトランクショーで来福した際、藤戸さんがリベラーノさん一行をつもんに案内し、はれて憧れの人と対面することとなる。


:「アントニオ(香月さんは親愛の念でそう呼んでいる)が“自分の身を削った分だけ人を幸せにできる”という言葉をくれたんです。憧れの人からそんな支えになる言葉をもらったから感極まっちゃって(笑)。その後、フィレンツェに行った際にアトリエを訪ねたんですが、そこでの誇りを持った接客やさりげない女性のエスコートも、もう『くー』って感じで。まだまだ努力しないといけないなと思いをあらたにした出会いでしたね」

11月、「Directors」で行われたリベラーノさんのトークショー。その会場で香月さんはワインとスイーツを提供するという大役を務めた。
ワインと甘いものを愛する生粋のフィオンレンティーナのリベラーノさんも、リラックスした様子で楽しんでいた。


そして今日も西の空がうっすら色づく頃、ファサードに掲げた「Wine&Sweets tsumons」の看板に光が灯る。
また、つもんの甘い時間がはじまった。




香月 友紀
Wine&Sweets tsumons店主、パティシエール、ソムリエール。
福岡県出身。幼少期は もっぱらママゴトに夢中。
大学にて法律を専攻するものの、なにかをつくりだすことへの想いをあきらめられず菓子職人を志し、
プティジュール(福岡 薬院)に弟子入り。
2012年、ソムリエの資格を取得。
2014年、WINE&SWEETS tsumons を 福岡 高砂にオープン。
http://wine-sweets.com

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