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「すごい」を求める2人の生き方。

Photographs by Hiroshi Mizusaki , Words by Yuichiro Yamada,Edit&Cording by Masafumi Tada

− 福岡におけるラーメンを象徴する言葉“とんこつ”。これまで、全国メディアで取り上げる際は、このジャンルが基本となっていた。しかし、近頃、グルメ専門誌やカルチャー、ファッション誌に掲載されている福岡の麺処は、“とんこつ”ラーメンばかりではない。一店は、全国誌の掲載はもちろんCENTRAL_でもお馴染みの『つどい』、もう一店は、世界的に有名なグルメガイド誌にも掲載された『麺道 はなもこし』。それぞれの店主、葉山晶平さん(通称ギュウさん)、店主・廣畑典大さんに、両店が誕生するまでのエピソードや関係性などについて語ってもらった。聞き手と寄稿は、ヌードルライターとして活躍するKIJI 山田祐一郎さん。今回のFEATUREは福岡の麺界隈を賑わす3名でお届けします。−

_DSC9339 左から、つどい・葉山氏(通称ギュウさん)、ヌードルライター・山田氏、麺道 はなもこし・廣畑氏


「終わりの始まり」から「終わりの終わり」へ ―2006年に発行された「studio voice」vol.372で組まれていた第一特集「90年代カルチャー 完全マニュアル」からの一節だ。そのページに記されたひと言が今でも記憶に強く残っている。

終わりとは何か、その終わりの始まりとは何か。詳しいところはvol.372のP.20を参照してもらいたいが、「終わり」が「終わる」という強烈な言葉が、ぼくの頭をぐわんぐわんと揺さぶり、強く困惑させた。

日本におけるラーメンの歴史は戦後に始まった。そして、その後はぼくが語るまでもなく、今、こうして日本の“国民食”とまで言われるほど、生活の中に浸透し、根付いている。
ぼくは現在38歳。製麺工場の長男に生まれたので昔から麺は食べ続けてきていたが、多種多様な麺料理店を精力的に食べ歩くようになったのは2006年くらい。キャリアとしては10年くらいなものだ。だから過去の歴史なんて語れないが、とりわけ福岡という地域における2006年から2016年にかけての10年に関しては濃密に体験しているので、その言葉には責任が持てる。

その10年の間、福岡のラーメンシーンにおいても東京のトレンドに追いつけ、追い越せとばかりに、様々な一杯が登場したように思う。濃厚つけ汁で味わうつけ麺、スープオフ系と称された油そばなどの汁なし麺、魚粉による演出が施された魚介とんこつ、一杯1000円を超えるプレミアム仕様、“非とんこつ”という言葉で括られることが多かった醤油や塩スープのラーメン店の台頭、そして鶏ガラを煮込んで白濁させた鶏白湯(とりぱいたん)スープ。その他にもコラボレーション、インスパイアといった具合にスポット的に提供された限定ラーメンなどもあり、“とんこつラーメンの聖地”と言われ続けてきた福岡は、その懐を深めたと思っている。

一方で、ぼく自身の中に膨らんでいくものがあった。

「もうブームは起こらないんじゃないか」。

これだけラーメンシーンが成熟し、その味わいはどんどん洗練されていき、新しいラーメンの情報が急流のように通り抜けていく中で、ブームという言葉が本来意味するところの「爆発的に流行する」という状況は生まれにくいと思っている。一つが注目されると、すぐにカウンターカルチャー的な商品が出現し、ある一定のメインストリームは発生しつつも一極化はしないのではないか。そして新しい麺料理の情報はどんどん更新され続けていく。「こういう空気感がブームの終わりの終わりというものなのか」。そんなことを思った。

ブームが起こらなければ、ラーメンシーンは沈静化するのか。その答えはノー、だと断言したい。ブームという偏ったムーブメントが発生しなくなった代わりに、ぼくはそれを“潮流”という言葉で表現するが、そういう時代の流れのようなものとなって現れている気がする。ブームの「終わりの終わり」。その先に、潮流が重なり合い、自然な形でラーメンが愛される、そんな原風景とも言えるシーンが待っていた。


「麺道はなもこし」の店主・廣畑さん、そして「つどい」の店主・葉山さん(以降、ギュウさん)の在り方は、「終わりの終わり」の先にある象徴的な存在だと思っている。この二つの店は、ひと言では語り尽くせない個性を備え、孤高の存在感を放つ。



_DSC9291 つどいのポスターに描かれたイラストはイラストレーター・ノンチェリーさんが手がけた。


_DSC9268 はなもこしの店内はまさに目の前の麺と対峙する場。カウンターのみ6席の空間に心地よさと緊張感が混在する。


_DSC9227 _DSC9247 「麺道はなもこし」は濃厚な鶏白湯スープ(鶏の骨を白濁するまで煮込んでとったもの)をウリとしたラーメンを主軸に据える、福岡の麺好きの間では有名な行列店である。実は廣畑さんは某有名とんこつラーメン店で修業した経験の持ち主。だが、あえてとんこつラーメンは封印し、自身が惚れ込んだ鶏系ラーメンで勝負することを選ぶ。その評判が広がり、ミシュランガイド福岡・佐賀特別版(2014年発行)にも掲載されている。
スープに合わせて仕立てる自家製麺もウリの一つ。一杯のラーメンへ傾ける情熱は安易に近づくと火傷をしそうな勢いで、「ストイックが形になったらこうなった」という考え抜かれたラーメンを提供している。熱烈なファンが多く、通常営業においても連日、営業終了時間を待たずに売り切れ必至。先日実施された有名カレー店とのコラボレーションイベントにおいては、営業の2時間前に整理券をもらうための行列ができ、限定数が即完売した。



_DSC9322 _DSC9309 「つどい」はカルチャー感たっぷりのディープな麺酒場。現在の場所に移転する前は替玉発祥の地・長浜エリアで営業していた。そんな立地でありながら、とんこつラーメンをあえて置かず、アサリや牛肉をたっぷり盛り付けた中華そばを出していた。
移転後、提供しているのは、某有名なカップ麺をオマージュしたオリジナル麺料理。「●のたぬき」、「U●O」といった名作を見事に再現している一杯だ。そこに加えて、一度入ると抜け出せないような気持ち良さとカオス感が混在する空間で食べるというシチュエーションに、一発でヤられる。“ギュウさん”の愛称で親しまれる葉山さんのキャラクターもスパイスに。営業は夜のみ。そのため、誰が言い始めたか定かではないが、“福岡の出口”という表現によって「つどい」が説明されることも多い。


2つの店に共通しているのはブームやトレンドに見向きもせず、地域、お客に媚びることなく、我が道を貫いている点だ。そんな廣畑さんとギュウさんはそれぞれにここ福岡で目立つ存在ではあるが、二人に深いつながりがあることは、実はそれほど広く知られていない。

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そのあたりの話をギュウさんと廣畑さんに聞かせてもらうことになった。いったん「とどろき酒店 薬院stand」に集合し、その後、場所を「つどい」に移動。およそ2時間にわたる濃密な時間を過ごした。

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「最近、酒が弱くなった〜」とギュウさんがぼやくと、すぐに廣畑さんが「そうそう、残るもんね」と返す。なんとも言えない、あうんの呼吸。長年付き合ってきた親友のような自然さがある。

ギュウさん(以下、ギ):「そうやろ、付き合いが長そうに見えるよね。でも全然違って」

廣畑さん(以下、廣):「中学校は一緒なんやけど、その当時は全く接点がなかったんよね」

:「そうそう。やけど、天然パーマがすごかったというのはよく覚えとーよ」

ちゃんと話すようになったのは廣畑さんが今泉に「ハナモコシのシェネ」という居酒屋をオープンしてから。シェネへは同級生の誰かに連れられて行ったと振り返るギュウさん。1000円札を一枚握りしめ、3時間くらい滞在したという。そうこうしているうちに、なんだかとてもウマが合うことに気がつき、それからよく飲むようになった。今から約15年前、二人が25歳くらいの時の話だ。

:「同じ変態だということは間違いないけど、趣味は違うし、性格も全然似てないね」

:「どっちも酒が好きっていうだけやろ」

:「ああ、確かに。あとは、お互いに商売っ気が全然ないところじゃないかな」

:「なんや、お前がちゃんと営業が続けられるように、どれだけ考えたと思っとーとや」

ギュウさんはへらへらと笑う。このやりとりからも分かるように、つどいの商品、つまり提供されている個性爆発な麺料理は廣畑さんがプロデュースしたものである。そもそもギュウさんは飲食店を営むつもりが全くなかったというから、人生は分からないものだ。

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ことの発端は「FUJITO」の藤戸剛さんが長浜の地に店を構えるようになったのがきっかけ。古くから交流があった藤戸さんの元に遊びに行くと、その店が面した横丁の雰囲気がすっかり気に入った。その中程、やや那の津通り側に、60年くらい続いていた「喫茶 つどい」の跡地があった。

:「カベのR(アール)、残っていた木の朽ち方も絶妙で、見た瞬間、気に入っちゃって。その佇まいに惹かれ、それで店でも出してみようかと思ったんよね。それから友人の料理人に声を掛けて、気軽に割烹を食べてもらえるような飲み屋を始めたんよ」

例えば良い店が一つできると、良い店を嗅ぎ分ける優れたアンテナの持ち主がやって来て、彼らが来ることで世の中の注目が集まり、人が集まるようになる。こうして長浜の横丁は自然と高感度ピープル御用達のスポットになった。
その後、料理人が辞めてしまうことになり、事態は急転。ギュウさんは自ら店を切り盛りせざるを得なくなった。締めに出していたアサリの炊き込み御飯が好評だったので、これを生かした麺料理ができないかと閃き、ギュウさんは廣畑さんを頼る。こうして廣畑さんプロデュースによる中華そばを引っさげ、「つどい」は麺酒場へと生まれ変わった。


長浜の店は建物の老朽化に伴う取り壊しによって移転を余儀なくされ、最終的に現在の場所へ店を構えることになる。建物は築半世紀ほどの古いアパートの一室で、建築家・デザイナーの片田さんの力を借り、この空間にギュウさんの理想を凝縮させた。

「つどい」の店内にはギュウさんが昔から収集してきたデザイン性の高いポスターやチラシが貼られ、ところどころにギュウさんによる秀逸かつ遊び心溢れるキャッチコピーが油性ペンで書かれている。

:「フライヤー収集は昔からの趣味。デザイン、紙の質感はもちろん、本来なら期間が過ぎてしまったフライヤーやポスターって一瞬で価値がなくなって、捨てられてしまうでしょ。そんなところに惹かれて」

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一方で、廣畑さんは2010年に「ハナモコシのシェネ」を鶏ガラスープの麺料理を出す「鶏と麺 花もこし」にリニューアル。その後、さらにそのコンセプトと方向性をソリッドにブラッシュアップし、店名を「麺道 はなもこし」に改め、2011年にリスタートを切った。テーブル席を全て排除し、カウンター6席だけのコバコ店への一新。一角には音楽のリスニング用チェアが置かれ、本棚には専門性の高い書籍、雑誌が並ぶ様が、異様な存在感を醸し出している。

ここまで触れてきたとおり、2つの店はいわゆる個性派という言葉で説明されるケースも多々ある。しかし、その中身は対局ともいえる真面目一徹。コンセプトは練りに練ってあり、商品ラインナップは徹底した吟味の成果であり、味に関する部分においては一切の妥協がない。


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:「シェネの頃からスタンスは変わってないなあ。基本的に仕事だけは真面目ですよ、本当に。適当にやっているように見えるかもしれんけど、自分で言うのも何ですが、根は真面目ですね」

:「フラフラしてそうな印象かもしれんけど、ぼくも14時くらいには店に来て仕込みをはじめ、自宅に帰るのは翌朝の5時くらい」

:「あんたは本当に言われたことを忠実にこなすよね。それは本当にすごいと思うよ」

:「もともと飲食店をやってきたというわけじゃないから、実際のところ、自分の味なんてものがないよね。自分流に味をアレンジしたいという発想もないし。美味しいと思えるレシピをきっちりと形にする。それしかないよ」

:「あんたは店と料理とのバランスについて、かなり思い入れがあったよね」

:「店舗の内装が決まるまで、メニューづくりを進めなかった。なんかね、場所、空間、味、トータルで一つという考えがあって。例えばどれか一つが突出したようなお店というのは、発想にも選択肢にもないなあ」

:「うちも地域性を考えた味付けにしたり、その土地に合わせた料理を出したりというような狙いが一切ない」

:「うちの場合、さらに極端に言えば、麺好きばかりが来るような店にはしたくない。麺を出す店ではあるんですけどね。味だけではなく、丸ごと楽しんでほしい」

プライドがある。しかし一方で、プライドはない。そんな両面性が「つどい」のつかみどころのない魅力となっているのかもしれない。ちなみに「つどい」が立地する薬院は周りにラーメンを出す店が多く、そもそも飲食の激戦区だ。

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:「だから苦労しましたよ、今のお店は。ちょっとつまんでもらえる究極においしいつまみを一品、そして他では絶対に食べられない麺。そのコンビネーションしかないと思っていました。限界まで絞り込んだ結果が今のスタイルです」

:「オープン当初から少しだけつまみを増やしたけど、基本的には廣畑さんに教えてもらったそのままを守っています」

簡単に寄り添わない、むやみに近づかない。それはとても難しいバランス感覚が必要なように思うが、それこそが2つのお店の強さだ。

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話していて気になったのが、ギュウさん、廣畑さんにとってのモチベーション。2人にとって飲食を続けることには、どういう喜びがあるのか。

:「いやー、そんなに特別なことはありませんよ。やっぱり美味しいって言われるのが一番かな」

:「ぼくもそうですよ。他のお店もそうでしょうけど、そこがモチベーションだし、変わりはないですね」

そうですよね、と質問を切り上げ、テーマを替えようとしたところ、その答えの続きが思わぬ方向へと繰り広げられていった。

:「あ、でも美味しいっていうのは当たり前かな。大前提というか、そこは絶対に押さえておかないといけないところですね」

:「美味しいでなければ、何だろうなあ。“ありがとう”ですかね」

:「確かにそうやね、ありがとうという感謝の言葉は本当に沁みる。美味しいの先に、確実にありがとうがあるね」

:「ああ、いや、ありがとうよりも“すごい”だ」

:「すごい!確かに。すごいは最高に嬉しいね。うん」

「美味しい」という感動よりも、「ありがとう」という感謝に喜び、さらに「すごい」という感嘆の声にシビれる。それがこの2人。確かによくよく考えてみると、すごいって賞賛したくなる店って、なかなか出会わない。

:「すごいって、相当な店じゃないと言われないですよ。そこは目指したいですね。ただ、その一方で、分からない人には分からなくていいとも思ってます。価値観を共有できる人に確実に届く努力をするだけですね」





廣畑 典大 Norihiro Hirohata
1976年、熊本生まれ福岡育ち。代々続く料理屋の血を受け継ぎ、麺というフィルターを通じてアウトプットするべく日々奮闘中。

麺道 はなもこし
住所:福岡市中央区薬院2-4-35 エステートモアシャトー薬院1F
TEL:092-716-0661営業時間:11:45〜14:00、19:00〜22:00
※昼、夜ともに売り切れ次第終了 定休日:日曜 




葉山 晶平 Shohei Hayama
1975年、福岡市生まれ。廣畑さんとは警固中の同級生。嫁と共に仕事をしているので年中ずっと一緒です。もし願い事が叶うならば犬を飼いたいです。

つどい
住所:福岡市中央区薬院3-7-30 新川コテージ103
TEL:なし 営業時間:20:00〜深夜2:30 定休:日曜



山田 祐一郎 Yuichiro Yamada
1978年、福岡生まれ。日本で唯一(※本人調べ)のヌードルライター(麺の物書き)として活動。1日1麺をモットーに、地元福岡を中心に、全国各地の麺を精力的に食べ歩き、原稿を執筆する。研究対象はラーメンからちゃんぽん、そばまであらゆる麺。2015年夏には、福岡発であり、福岡初となるうどんカルチャーブック「うどんのはなし 福岡」を上梓した。日々の食べ歩きの記録は、自身が運営するwebサイト「KIJI」内で連載中。

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