ENJOY THE 36

伝統の先にあるもの

Photographs by Hiroshi Mizusaki, Words&Edit&Photographs(Singapore) by Masafumi Tada

今秋、動き始めた36。この36とは、餡をベースに香り、味、余韻の組み合わせを数字で表し、開催される国や会場などのイメージに合わせた菓子をライブで届ける新しい試み。“新しい”と書いたが、活動自体は昨年から行われ、主宰である鈴懸の代表・中岡生公さんと、“餡に寄り添うよう”に組み合わせを考えるというWINE&SWEETS tsumonsの香月友紀さんに話を聞くと、想いや考え方も単に新しいことをしようということではないようだ。今回のCENTRAL_FEATUREは、36が生まれたきっかけから、先月10月にシンガポールで迎えたローンチまでを辿る。






36の前身として、2016年10月に〈The Japan Store ISETAN MITSUKOSHI Paris〉オープン時のレセプションと、ことし 1月にスイス・ダボスで開催された世界経済フォーラム年次総会(通称:ダボス会議)時の〈Japan Night DAVOS 2017〉にて、“どらやきバー”の実演を行われたとのことですが、餡と何かを組み合わせることなど、構想のようなものは、以前からあったのでしょうか? 

中岡さん(以下:中)「和菓子屋をやっていてなんだけれども、そもそも、なぜ和菓子と洋菓子を分けてあるんだろうと思うところがあって。菓子という括りでは一緒だし、もっと広げると食ということでもあるからね。そんな思いとは裏腹に、我々がやっている和菓子というのは門戸を締めがちというか、この国のもので歴史がある、だからこそ縛られる部分が多いというかね。
そんな中、CENTRAL_を通じて知った香月は、そういうことを抜きにして話ができるし、和菓子とは別の世界にいて僕らが知り得ない知識や経験をもっている。そして『私は、餡こが好きなんです』と、おいしいものは“おいしい”と垣根を越えて言ってくるんだよね。要は、そういうことじゃないかと、何かできないかと思っていた」

香月さん(以下:香)「昨年の夏、CLOWN BARのシェフ・渥美創太さんを鈴懸本店に招いて行なったCENTRAL_TABLEの打ち合わせの時に、中岡社長が今度パリで参加されるというイベントの話をされていて、“こういう感じのものを出したらどうですか?”と話をしたら、すぐに職人さんと一緒にうちのお店(tsumons)に来てくださり、何種類か作って試食してもらっている場で、“一緒にパリへ行こう”と言って頂き、まずはパリでデモンストレーションを行なうことになりました」

_DSC4480 WINE&SWEETS tsumons 香月友紀さん


中:「CENTRAL_TABLEの時に創太くんが、九州の食材や和菓子の素材を使いながら、パリで学んだことを試してみたいと言っていたのも分かるし、和菓子だから、こうしないといけないというようなことを思っていなかった。ただ、単に“くずそう”とか、“新しい”ことをやろうなんていうのも更々なくて、こうやって食べると“おいしいね”といった発見というか。香月の持っているセンスとの無理のない融合というかね。海外だからといって、和洋折衷みたいな言葉や、商品名をローマ字で表記しただけというのも嫌いだし、“クリームと餡をひっつけました”みたいなものではなくてね」

_DSC4497 鈴懸 中岡生公さん



実際にパリやダボスでは、どういうものを出されたのでしょうか。
また、ゲストの反応についても教えてください。

香:「白小豆餡にフランボワーズを合わせ、桜の葉で香りをつけた菓子や、小豆餡に塩バター、スパイスを組み合わせたものなどを、どら焼きや最中で挟んで出しました。打ち出し方も“ジャパニーズスイーツ”とか書いていなかったのですが、まったく想像をしていないくらいの反響ありました。お替わりをする方、全ての種類を召し上がりたい方、西洋的な文化なのか自分がおいしいと思ったものを、まだ食べていない人にも食べさせようとする方など。パリの時、夜はDJがいるような暗い空間でのレセプションで、ファッションウィーク中ともあってモデルさんらも多くいらしたのですが、そこで『コレすごくおいしいんだけど、アナタたち、分かってるの?』『店を作ってほしい』『どこで買えるんだ?』と言われたのが印象的でした。あるフランスのジャーナリストの方は、ダボスの時にもたまたま来てくれて、『今回は少し種類が違うね』と、パリの内容を覚えてくれていて、『パリに店を出してくれるのを待ってるね』と言ってくれました。

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中:「パリはジャパンストアのオープニングだったので、来場された外国の方々も“日本の菓子”だろうなと分かっていたとは思うけど、こちらからは設えや風情などで“日本”や“和”の押し付けはせずに無国籍で、“おいしいでしょ”と菓子を提供するだけだった」

香:「そこで、先が見えましたよね。何も言わなくていい、言葉はもういらないなと。そこが36の起源でもありますね」

中:「この甘いおいしいもの何?みたいな」

香:「甘いものは疲れを癒やしたり、”楽しさ”を持っていたりするので、会場ではただ楽しんでもらいたいという想いもありました」

中:「我々も楽しかったし、楽しんでいたので、それが伝わった感じはあるね」

香:「そのパリでの様子を農林水産省の方が見て下さっていて、ダボス会議のジャパンナイトに呼んでもらうという流れになりました。パリでやってみて、現地に合わせた要素を取り入れ和菓子をアレンジしたとか、別に言わなくていいんだということにも気付いたんです」

中:「そこで確信があり、我々も楽しみながらやっているというのが、今日までの流れ。現地で感じてきたことを無理なく36に落としこんでいる感じ。こっちが楽しまないといけないなぁとは思うよね」

香:「“36とは”という説明文がWebサイトの中にあるのですが、中岡社長が“enjoy”という言葉を入れようと言ってくださったのも、私達も楽しむし、ゲストも楽しいという意味が込められています」


36という名前の由来を聞かせください

香:「中岡社長とぼんやりと進めてきた中で、数字というのが、その国々の言葉で呼んでもらえて、みんなが認識できる記号みたいに感じてもらえるというのがあって、何かを数字にしようと思った時に、鈴懸の初代・中岡三郎(なかおか さぶろう)氏のことが降りてきたんです! 日本では、36(さんじゅうろく)と読むかと思いますが、“三郎”という意が込められていて、なぜそこがつながるかというと、常に餡を使うことは揺るぎないからです。私の仕事は、餡に寄り添うことだと思っていて、餡を直接いじることではなく、そのままを使用するので、組み合わせ表の36番目は基本となる餡にし、また全てに通ずる水は0番としました。鈴懸さんの全てのお菓子の柱は餡だと思っていますし、もちろん、その餡が大好きなので、36=餡は永遠という考えです」

36とは、鈴懸のデモンストレーションを海外などで行なう名称ということでしょうか?

中:「何かに固定しようという縛りはないんだけれども、自由に遊んでいる感じだよね。さっきの話であるように柱となる芯の部分は曲がらないんだけれども、それあってこそ、こういう遊びができるというか。真剣に遊んでいる感じかな。今、やっていることも過去があってこそできているし、未来に対する菓子の可能性も感じているし、それは軸があってこそできていることで、何もなしに机上だけで新しいことをやってみようかということではないね」

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その軸となる餡について深く知りたいと思う香月さんと共に、餡の製造風景を見せてもらった。前日に豆を水につけるところから始まり、いつも午前中に餡炊きを行なう。おはぎやあんみつ、きんつばなど菓子に合わせて炊く時間が異なり、季節による温度や湿度などを見極めながら炊いていくという。直火ではなく蒸気で炊き上げるため、豆の形をそのままに見た目は美しく、ふっくらとした食感となる。そして、炊きたてを試食させてもらった。「豆本来のフレッシュな味わい、甘さの塩梅がよく、スッと食べられるところが鈴懸さんの餡の特徴だと思います。鍋の泡の量を見て上げるタイミングを測ったり、気候条件を感覚で見極めたりといった職人芸もすごいですね」と香月さん。見学の終盤、初代の時より職人として働く、この道55年の顧問・池園國義さん(72)にお会いすることができ、餡の味や材料のこと、初代の話までを香月さんは熱心に聞いていた。最後に「食べていかんね」と手渡された顧問が丸めたおはぎ。慣れ親しんでいるはずの“おはぎ”なのだが、形の美しさやおいしさだけではない、歴史や優しさが詰まっているのか、今でも印象に残るひと品で、 “ぶれない芯や軸”というものが伝わってきた。

_DSC4348 _DSC4396 _DSC4400 製餡担当 野中正敏さん

_DSC4419 _DSC4448 顧問 池園國義さん(左)、職人長 山口昭典さん(右)

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10月26日〜29日までシンガポール国立博物館内にあるGallery10で開催された『YOKAN COLLECTION 2017』にて、36としては初となるデモンストレーションを行なった。このイベントは、経済産業省「JAPANブランド育成支援事業」の応援を受け、全国29社が先進都市のシンガポールで羊羹のプレゼンテーションを行ない、海外へ和菓子の進出を図るというもの。東南アジアのゲストには、どのように楽しんでもらいたいかを聞いてみた。

香:「私と中岡社長とでお題に対してしていることは、現地の気候や風土、食材を知ることからはじめ、現地の人になりきって考えます。今回の場合、シンガポールは高温多湿ですから、ふつうの羊羹ではなく、水羊羹を使用することを社長と決めました。鈴懸さんの水羊羹は瑞々しいので、さらに瑞々しくしようとういことで、口に入れた時の温度を冷たくし、ツルッとした喉越しを感じてもらいながら、感覚に訴えるような羊羹にするため冷たいソースを合わせます。あと、香りも大切にしていまして、パリやダボスでは抹茶の香りに柑橘系を合わせてきていたんですけど、今回はココナッツやカヤリーフ、マンゴー、ジャスミンなど東南アジアで親しまれているもので香りつけしているものもあります。最後に鼻から抜けいく香りを、その国々で表現していけたらと思っています。例えば〈ひやしあずき〉には、小豆の華やか香りを壊さずに、ジャスミンの香りを優しく載せている感じです。感覚的に楽しんでもらいたいですね」

中:「菓子を通じて、現地の生活の中に入っていきたいみたいな、そんなイメージがあるんだよね。“コレが日本の菓子だ”みたいなことではなく、日本的な何かと、現地の何かが加わって、別のものになるけど、つながっているみたいな」

香:「感覚的なところには、アートのような要素も入っていまして、“食を化学よりに表現することでアートにしたい”と思っています。ディスプレイする水羊羹はシャレーに、各ソースはフラスコに入れ、それをスポイドで吸い上げ、試食用の水羊羹にかけて提供します。Webサイトでは、味という見えないものを成分や味覚、臭覚などをすべて数値化し、アルゴリズムによって生み出されたオブジェクトとサウンドで感じることができます。店舗があるわけでもなく、デモンストレーションでしか食べることができないですし、菓子も会場によって異なるので、Webサイトはコンセプト的な位置づけです」



10月下旬、熱帯気候特有の高温多湿なシンガポールで迎えた初お披露目。初日は、プレス向けと夜に開催されたVIPパーティでデモンストレーションを行なった。デモは他社との入れ替わり制で行われるため、準備の様子からゲストは見ることができるのだが、36の番になるとステンレスのデモカウンターの上にフラスコやシャレーが運ばれる様を不思議そうに見つめる方、興味を持ちカウンターの前まで来る方と反応はさまざまだったが、デモが始まるころにはカウンター前に多くの人が集まっていた。カウンターの奥には、鈴懸の職人・辻井 健仁さんとtsumonsの香月さんが立ち、ゲストのオーダーに応え、菓子を振る舞うと同時に、質問などにも答えていく。
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今回、シンガポールでは46〜49番までの組み合わせを準備。46番は小豆乃水羊羹にココナッツ、カヤリーフ、47番は抹茶乃水羊羹にパッションフルーツ、マンゴー、バジル、48番はひやしあずきにジャスミン、49番は栗羊羹に赤シソ、ブルーベリーという組み合わせになっていた。特に、46番のカヤリーフ(パンタンリーフ)は東南アジアでは親しみのある葉で、日本で桜の葉を使った菓子や料理を口にすると感じられる、「あぁ、桜の葉ね」という感覚に似たものが得られるようで、会場から「Very Singapore!」「Very new!」という声が聞こえてきた。最終日には、各番号のフラスコ前に並びができるほどの盛況となり、4日間にわたるデモンストレーションは無事に終了。
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辻井さんは「おいしいと言われているのが表情から目の当たりに伝わってくるのが嬉しいですね。ふだん、職人として皆と作っているものが、こういう形で広まるのもありがたいです」と、香月さんは「今回は36というプロジェクトとしてもまとまりがあり説明しやすかったですし、そのプロジェクトとは何かを味で感じてもらえたように思えます。若い方から年配の方にまで来て頂き、喜んでもらえ可能性も感じました」と振り返った。
IMG_0386 鈴懸の職人 辻井健仁さん(右)




36は、どういう存在で、今後どのようになってもらいたいですか?

香:「今回のシンガポールは博物館内のギャラリーで開催されましたが、それがバーでもいいですし、それが昼でも夜でもいいですし、そこに合わせていける土台のようなものが36だと思っています。だから、次にフラスコやスポイドを使うかも分からないです。そして、現地のものを使うことや、現地の会場に合わせられるのもベースの餡ありきなんですよね。鈴懸さんの瑞々しくスッと入ってくる餡には、現地の“フレッシュな空気”のようなものを入れられるんです。新しい感覚のように見えるんですけど、開催される国や会のテーマ、主催者の意志に合わせていくというのは、日本に伝わるお茶席のような感じがしていまして、その亭主の感覚を中岡社長が持っているので、茶会を開くような感覚で、瞬間、瞬間を大事にしていけたらと思います」

中:「いかにお客様も楽しませるか、その時期、その場で。36はその延長上だからね。そして、その国々の香りや味を表現することができるので、どこの国で行なっても同じように楽しんでもらえると思うし、まだまだ僕らも楽しめるのではないかと思っている。もっと可能性が広がるのではないかな。現在、日本にある菓子も大陸から渡ってきた歴史があって、元々つながっているものが、いま、また世界を行ったり来たりするのも面白いのではないかと思う。過去や歴史を捨てて、次なるものを作ることはできないと思っているから」




36
http://an-36.com/
https://www.instagram.com/an____36/
https://www.facebook.com/an36an36/


中岡 生公_Narimasa Nakaoka
株式会社 鈴懸 代表取締役
http://www.suzukake.co.jp


香月 友紀_Yuki Katsuki
WINE&SWEETS tsumons
Sweets Designer/Patissiere/Sommeliere
http://wine-sweets.com

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