SHOE STOOL STORY
一人へ宛てたスツール、だった。
Words by Kenji Jinnouchi, Photographs by Hiroshi Mizusaki,Edit by Masafumi Tada
2013年。一脚のスツールが海を渡った。
ファッションブランド「FUJITO」の10周年アニバーサリーアイテムとして生まれた「SHOE STOOL」。デザイナーの藤戸剛氏と旧知の仲である二俣公一氏がデザインした靴専用のスツールだ。
幅250ミリとスツールとしてはミニマムなサイズ感。コンパクトながらも靴の脱ぎ履きの際の腰掛けとしてはもちろん、靴を履いたままレースを結んだりブラシをかけたりする足のせ台として、また手入れの為のブラシやクリームなどの小物収納の役割も兼ねる。
藤戸氏からブランド10周年を記念したプロダクトの製作の依頼があったのは、翌年にアニバーサリーを控えた2011年のこと。与えられたテーマは「ファッションに関する何か」という一点のみ。「オレと二俣が初めて出会った大学生時代から、彼は“CONCENTS”とか独創的なプロダクトを発想する力があったんよね。だからノーリクエストの方が、見たこともない面白いものができるかもって期待したっちゃん」(藤戸氏)。
結局、本格的に始動したのはアニバーサリーイヤーも終盤になった2012年の末。翌年のコレクションで「FUJITO」がオリジナルの靴を製作することを聞き、二俣氏の頭に浮かんだのが靴専用のスツールだった。「日本でも玄関先に柳宗理氏のバタフライスツールとか靴を履くための椅子を置いている家ってあるでしょう。そういう椅子って小ぶりではあるけれども、日本の住宅事情を考えるとそれでもやや大きい。それと意外と困るのが靴を手入れする小道具の置き場所。靴の箱に入れて靴箱に仕舞い込んでいる家がほとんどじゃないかな。」自身もその始末に頭を悩ませていた二俣氏は、その二つの用途を併せた椅子が作れたら面白いのではと考えた。そして浮かんだアイデアを一気呵成にデッサンに落とし込んだ。
キーとなるのは、“丸”をモチーフにした座面と収納台、フットレストの3つのパーツ。それを2本の脚と支柱が繋げる。マーケティングやクライアントからの修正からも解き放たれ、アイデアの原石を一滴も薄めず形にしたデザイン。清すぎるほど削ぎ落された佇まいに、藤戸氏も「すぐには理解できんで、すごいの出来たねとしか言えんかった」と振り返る。
展示会での出足は鈍かったものの、Directorsでの販売を始めると反応は上々。すぐに用意した20脚は完売した。そして、思いもよらなかったところからアプローチが届く。一つはロンドンのデザイン誌「Wallpaper」への掲載依頼。そしてもう一つは、イタリアの老舗家具メーカー「OPINION CIATTI(オピニオン チアッティ)」からの再リリースのオファーだ。結局、「Wallpaper」では2度にわたり紹介され、Wallpaper Design Awards 2014にも最終ノミネートされることとなる。。そして、「OPINION CIATTI」から日本を含む世界市場へ向けて、今年の9月に再リリースされることが決まった。
再リリースにあたっては日欧の文化の違いも気付かされた。
「FUJITOバージョンでは、玄関や土間のような半外部でのハードな使用を想定して、工具などに使われる簡易的な錆び止め用のクロメートメッキで仕上げました。経年とともに傷が付いたり、錆びるのもありだなと。でも、CIATTI社で作る際に最初に言われたのが『汚れないようなフィニッシュにしたい』ということ。というのも欧州圏は土足のカルチャーで室内のベッドルームやクローゼットまわりで靴を脱ぎ履きするから、このSHOE STOOLはあくまで室内で比較的きれいに維持したい家具やオブジェクトの一つという意識なんだよね。彼らからの要望もあって、シルバー、ゴールド、そしてデザイニング展でも展示しているカッパー(銅)の箔を表面に張り込み、その上から車の表面にも施すほどの強靭なクリア層を形成して仕上げることになったんです」(二俣氏)。
photo:Takumi Ota
そして、4月にミラノサローネにCIATTIバージョンが出展されるのに合わせ渡欧、サローネまでの試作期間が短かったためここで初めてプロトタイプの実機と直に対面する。フィレンツェの職人によって丁寧に張り込まれたそれは「想像以上に化けていて、高級感というより物としての重厚さやオブジェクト感が増したみたい」(二俣氏)
初めて目にするタイプの椅子に来場者も興味津々。大きな体を折り曲げ小さなスツールの機能性に感心していた。「多分ヨーロッパって車のホットハッチとかもそうやけど、小さいものに価値を見いだす文化があるんじゃないかな。大きいものに憧れるアメリカとは対局だろうね」(藤戸氏)。
サローネでは印象的な光景も目にした。
「幼い女の子が自然な流れでちょこんとパイプに足をのせて座ったんです。可愛い過ぎて、その感じもあるんだなと気づかされた」(二俣氏)。SHOE STOOLと名付けてはいるが限られた用途だけではなく、花を置いたり自由な使い方をして欲しいと二俣氏は言う。
「何か面白そう」と二人だけで盛り上がって出来たアニバーサリーアイテム。藤戸氏は、たとえ売れなくても「とんでもないのができたね」とか「早すぎたね」と言って笑い合えたらいいくらいに思っていたと振り返る。それが世界の人々の目に触れ、導かれるように海を渡り、今秋、装いを新たにして日本に戻ってくる。
日頃から「ボールは遠くに投げる必要はない」と語る藤戸氏。思いもよらない飛躍を遂げた理由。それを「(藤戸)剛の依頼だったからリラックスして楽観的に臨めたのが一番でかい。これも一応仕事なんだけど、剛をどんな風に驚かせようって考えるのが楽しいから、運転しながらとか風呂入りながらとか、日常と線引きせずにずっと考えられた。“FUJITO”というブランドより、剛っていう人柄に宛てた感じ。やっぱり仕事だと時間をかけて考えれば考えるほど完成されていくんだけど、ブラッシュアップされすぎて最初の力が削がれることもある。でも、直感で最初に浮かんだ形って荒削りだけどすごく強度があるんよね」と語る。
マーケット的発想から離れ、二人だけで始めたキャッチボール。
一人歩きしたそのボールの行方を見守りたい。
現在、FUJITOの旗艦店Directorsでは、福岡で開催中のデザイニング展のエキシビジョンの一部として、
5月18日(日)まで3色のFUJITOバージョンと、OPINION CIATTIバージョンのカッパーモデルが展示されている。そして、17日(土)には「Cafe galleria」で、藤戸氏と二俣氏のクロストークが行われる。
第二部ではCENTRALメンバーによるトークイベントも開催。
photo : Takato Shinohara
OPINION CIATTI オピニオン チアッティ
1950年代から、家族三世代に渡って経営されているイタリアのインテリア家具メーカー。
その後の2004年にライナルディがブックシェルフ”Ptolemoto”で「コンパッソ·ドーロ賞」を受賞。
フィレンツェに拠点をもち、独自の世界観でMade in Italyにこだわった作品を展開している。
http://www.opinionciatti.com/
藤戸剛
“FUJITO”デザイナー
1975年 佐世保生まれ
2002年 ”FUJITO”スタート
2008年 ”FUJITO”旗艦店”Directors”をオープン
2014年 合同展示会”thought”を開催
http://www.wstra.com
二俣 公一
デザイナー
1975年鹿児島県生まれ。“CASE-REAL”と“KOICHI FUTATSUMATA STUDIO”(二俣スタジオ)主催。
福岡と東京を拠点に国内外でインテリア・建築・家具・プロダクトのデザインを手掛ける。
http://www.casereal.com
http://www.futatsumata.com