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「その辻を曲がれ」2
December 06, 2014 /
80年代、ニューウェーブの嵐が襲来しました。ぼくは勤めていたレコード店で、その威力にモロに遭遇してしまったのです。それは、熟練した職業音楽家に対するアンチ・テーゼでした。ロックが産業として認知され、つまり堕落したことが明らかになったその瞬間をついたカウンター・パンチだったのです。ビルボード・チャートとは無縁な、個人的な欲望を喚起する、スリーコードの音楽が猛威をふるいだしたわけです。それは、まるでゴダールが手ブレをものともせず、手持ちカメラで路上に繰り出し、思う存分撮りまくったことと呼応した行為です。つまり、ちょっとした革命だったのです。バンドを辞めたとはいえ、ぼくも何とかしてこの新しい音楽の動きに参加したいという思いが募っていました。そんな時、カセットテープでひとり多重録音が出来る機材が初めて登場、矢も盾もたまらず購入しました。
「TEAC144」は、4つのトラックにそれぞれ好きな楽器や歌を録音できます。まずは、リズムを録音します。幸いぼくはドラムだったのですが、不幸にもあまり上手くありませんでした。でも、アイデアには事欠きません。自分の腕では成し得なかった、それもちょっと変なリズムをいろいろと試すことが出来るわけで、夢中になって打ち込みました。次はエレキギター。トーキング・ヘッズ的なカッティングを試したり、フェイズシフターという音を変調するイフェクターを使って不気味な効果を狙ったり、です。歌はバンド時代に「七色の声を持つ男」と自称した手前、成りきってやりました。家族の誰かが見たら、ヘッドフォンを付けて奇妙な声を発する光景にゾッとしたかもしれませんが、構ったことではありませんでした。レコード店に入荷する刺激的なレコードを通じて、音楽をひたすら批評的に聴いていた自分が、ついに自由に表現できる機会を手にした瞬間だったのです。(武末充敏)