Innovation of Metal

ひんやりとした鉄に熱い思いを込めて

Words by Kenji Jinnouchi, Photographs by Hiroshi Mizusaki,Edit by Masafumi Tada

2012年12月。 4tトラック5台分の荷物を積み込み、一つの会社が東京から福岡へ移ってきた。
会社の名前はEXIT METAL WORK SUPPLY。通称エグジット。
アパレルの店舗を中心にハンガーラックなどの什器類を製作するメーカーで、
鉄の質感を最大限に活かした製法は業界内でも唯一無二の存在だ。
そのクオリティを求め世界の名だたるメゾンブランドからの指名も多いという。
そのエグジットはなぜ、ファッションの発信地でもあり、最大のマーケットでもある東京を
離れ福岡へと移ってきたのか?
その答えを代表の清水薫さんは「日本一の塗装屋が大野城にいたから」と話す。
CENTRALのFEATURE第3弾は、清水さんと、彼が“日本一の塗装屋”と惚れ込むトキワ塗装の
専務取締役・橋本幸喜さんとの対談。
同業者必見ともいえる、企業秘密大放出のディープな対談となった。


C まず、清水さんがどうして会社ごと福岡へ移ってきたのかから教えてもらえますか?


 日本でアパレルのトップ3の街って、東京・大阪・福岡なんですよ。すると同時にその隣町で装飾金物を作る産業が栄えるんですよね。東京だと江東区や江戸川区、大阪だと東大阪、福岡だと大野城市なんです。ところが、以前は東京の下町にはメッキ屋さんなどの町工場がいっぱいあったんですけど、ここ5年くらいでかなり衰退していて。従業員のモチベーションは下がっているし、跡継ぎがいなくて潰れちゃう。全体的に腕も下がってしまって、それがもとでお客さんとクレームでもめはじめたんです。僕は生まれも育ちも東京の下町なんですが、昔の職人さんが持っていたスピリットみたいなものが残っていない。理想とするものが作れなくてすごくイライラしてきたんです。そんななかやっぱり、東大阪と大野城市はすごく有名でメッカなんですよ。

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C どうして大野城市がメッカなんでしょう?

 
 もともと福岡は家具の一大生産地である大川を中心に木工業が栄えた土地で、内装の金物技術も木工家具に付随して発展してきたんですよね。なかでもなぜ大野城かというと一番は流通の地の利があって、太宰府インターも近く、福岡市内にも近い。約50年前に金物屋が興ったのを契機に、そこから職人さんが独立していき、いまは100社くらいあると思います。


C 内装の金物会社が100社もあるんですか?


 いえ、私たちのような焼き付け金物をやっているのは10社くらいで、そのなかでも内装の金物をメインでやっているのは2社くらいです。なぜ内装の金物屋が少ないかというと、1つはものすごく手間がかかるから。同じ部品を大量生産するほうがずっと利益的にいいので、みなさんそっちに流れるんです。内装業は各テナントの要望に応えるため小ロット、多品種なんですよ。しかも昔みたいに“赤だけ”とか単純じゃない色が増えているから、私の会社も1日に色を20も30も変えて塗ったりしています。そして最大の要因は、納期がない(笑)。

 そう。もう本当に納期がない。手間はかかるし、納期はない。業者からすると地獄ですよね(笑)。


C 納期がないってどれくらいの納期の短さなんでしょう?


 朝、塗るべき金物が届いてすぐに塗って、夜、完成と同時にチャータートラックが到着してすぐに搬入とかざらです。

 2月や3月のオープンラッシュの時は特にそうですよね。向こうの塗装屋さんとかメッキ屋さんの人々って、夕方5時になったらすぐ帰っちゃうんです。やる気がないというか。夜中まで作っているのって僕たちエグジットだけじゃないかと感じてました。キャプテンだけやる気があって居残りをやるけど、ほかの部員はすぐ帰っちゃう野球部のよう。「もっと練習して甲子園行こうよ」と言っても「オレは無理」みたいな。当時僕らが一番働いていると思っていたんですね。でもこっち来て、トキワさんに夜中に商品を届けに行ったりすると「もう帰るの?うちは朝までやるよ」とか言われて…。初めて負けたと思いましたね。これが九州男児か!と。

 もちろんそれが年中ではないですけど、あるときはやらないとですね。ただ、内装金物ってクレーム率が多くて歩留まりも悪い商いなんです。ではどうしてうちがやるのかというと、やっぱり人がやらないことをやるのが面白いから。(金色に光る板を手に取って)これはカラークリアのサンプルなんですが、こういうのって今まではメッキの世界だったんですよ。メッキだと槽につけて発色させるんですが、(巨大な鉄フレームのパテーションを指して)こういったものを全部バラバラにして作業をするのはとても手間がかかるんです。それが塗装だと組んだ状態で塗れるんですよね。

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 しかも出来が全然違うんです。

 そういうニーズから塗装でカラークリアの加工をはじめたんです。ここ10年くらいですかね。メッキ風の塗装ができるようになったのは。

 僕が都内の塗装屋さんともめてきたのはこのカラークリアなんです。本当はただのステンレスの板なんだけど、ゴールドに見えるでしょう。ステンレスの輝きがありながら、その上に色をのせているんですよ。それを上から普通にスプレーガンで塗っちゃうと、色が重なった部分が濃くなってムラができてくる。僕が東京の塗装屋さんに「なんでこんなにムラがあるの?」ってきいても、「こんなもんだよ」とか、「ムラが出ないように塗るなんてできないよ」って言われてたんです。でも、トキワ塗装さんに見学に行ったら、僕が散々もめてきた加工をあっさり普通にやっているんです(笑)。しかも顧客も“るいびとーん”とか“じょるじゅあるまーに”とか超一流どころ。僕も東京にいたときから「装飾金物業界で日本中の難しいもの、クオリティの高いものは大野城からきているんだぜ」とはウワサには聞いてて、誰がやっているんだろう、と思ってたんです。それがトキワさんだった。実際、2012年の10月にトキワさんに見学に行って感動して、12月には引っ越しが完了してましたからね。でも、それでも遅かったくらい。あと5年早かったら、いま作っているモノのクオリティももっと上だったと思いますね。

C 金物塗装の土壌があったにせよ、トキワさんがそこから一段階も二段階も
技術を上げられたのはどうしてですか?


 やっぱりお客さんからの要望に応えようと試行錯誤を繰り返したからでしょうね。カラークリアにしても、この色や輝きって簡単にでないんです。通常はカラーのクリアって、透明の液のなかに顔料を混ぜるんです。でも、顔料だと透明感て出てこない。だから、まずは透明の顔料を探したんですよね。探してもらったり、作ってもらったり。染料を取り寄せて、染料の調色って基本はできないんですけど、それを調整して。

 ほんと研究熱心で頭もいいなと。アメリカ帰りでセンスもいいですし。

 塗装屋さんがどうしてカラークリアをいやがるかというと、塗料をはじくんですよ。ステンレスを鏡面のように研磨してるやつは。

 僕もステンレスの鏡面には色はのらないと東京の塗装屋さんたちに言われてて信じてたんです。でもトキワさんに行ったらバンバン色を入れているんです。「ここに出来る人いるんじゃないかよ!」って(笑)。

 だいたいの塗装屋さんてそれでやめてるんですよ。でも、うちはなぜはじくんだというところから考えるんです。研磨するときに固形の脂が練り込まれているんですが、それをまずとってやらないといけない。いろんな脱脂の材料を集めて。このやり方ならはじかないという方法を探しました。

 そんな企業秘密を言っちゃっていいんですか(笑)。

 最初は悲惨なこともありましたよ。福岡のとある百貨店から鏡面仕上げの什器を600個受注して。何も考えずに受けたら全部はじく。これはまずいぞと。

 寒い話ですね(笑)。

 材料屋さんに「脱脂できる材料を全部持って来てくれ」と頼み、全部試して。何日も徹夜ですよ。そういう経験があり下地ができてきて。次は色の問題ですね。これも最初に比べたら随分いい色が出るようになりました。今はノウハウができてきているので、注文時にこれは出来る、これは出来ないっていうのは分かります。だから、次は今出来ないやつをどう出来るようにするかが課題ですね。メーカーの技術の方にも相談して、こういう顔料できないかと開発してもらったり。

C エグジットが東京から移転してきて刺激になったことはありますか?


 (マットな質感の鉄板を手に)清水さんが得意とする、こういう雰囲気の素材は、清水さんが来る前、大野城でもこんな感じを目指してやっているんですよ。

 うちがはじめたこの鉄の仕上げを業界では“エグジット仕上げ”と命名されているらしいんです(笑)。でも、日本全国の金物屋さんどこもできないから、うちのS字フックとかサンプルで流れているらしくて。

 うちも前から「エグジット仕上げって何?」とか、「これで見積もりとって」とか、ほかの装飾金物屋さんからよく電話がかかっていたんです(笑)。で、鉄の黒皮仕上げっぽいやつとか見よう見まねで作ってました。そしたら、清水さんが見学に来られて、もしかしてあのエグジットかなーと。そのあとサンプルを作って欲しいと頼まれて。これがあのエグジット仕上げか!と。本物を見てほかと違うなと思ったのは、もともとの素材がまず違う。そして仕上げ方もすごくこだわってて、結果として質感が全然違うんです。でも、そこまでこだわっている人はいないんですよ。福岡の製作所って、与えられたものを作る技術はあるけど、デザイナーじゃないからそういうアイデアやセンスはないんですよね。

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C 提案型の什器を作るアイデアのソースはどこから来るんですか?


 僕もお客さんに鍛えられましたね。僕の顧客ってファッションデザイナーが多くて、コレクションを見せながら「今季はこういうかんじの服で、それを君のハンガーラックに預けるんだから頼むよ」とか言われたりして。そして才能のあるインテリアデザイナーさんとの出逢いにも恵まれて。10年15年かけて進化してきた感じです。そして福岡に引っ越してトキワさんと組んでやっとビシッとコンプリートできたんです。それまで塗装屋さんによって仕上げが安定してなくて、クライアントからクレームがきても「ウチはちゃんと作ってるんですけど、塗装屋さんが…」と咽まで出かかった言い訳の言葉を飲み込み「すみません」って謝って。一回、あまりにもくやしいから自家塗装に変えたこともあったんです。塗料を仕入れて。でも、やっぱり焼き付けの窯がないから強度が出ない。で、トキワさんを知ってすぐ引っ越してきたんです。

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C 福岡に住んでみてどんな印象ですか?


 みんなが言うように福岡は街も美しくてご飯も美味しい。唯一不満なのがクリエイティブの自己主張が少ないところですね。展示会を開こうにもギャラリーが少ないし、モダンアートを展示するような美術館もほとんどない。この街の人はアートやデザインにほとんど興味がないのかなって。僕は福岡は地方都市とは思ってません。都市と地方都市の違いって、ちゃんとしたカルチャーと、ちゃんとしたサブカルチャーがセットであることだと思ってます。福岡って街の歴史も古いし、伝統工芸とかお祭りとかカルチャーはすごくあるんですよ。もしかしたら京都より筋金入りで。でもサブカルが弱いんです。ロスとかサンフランシスコとか首都じゃないけど街のイメージってあるでしょう。それってサブカルのイメージなんですよ。音楽とかファッションとか、いろんなお店とかホテルとか。福岡はカルチャーがしっかりしているからそれに甘えているのかもしれない。だから僕も微力ながら福岡のサブカルチャーの主張に協力したいと思っていて。若い人が「僕はこういうものがかっこいいと思います」っていうのがあれば、その表現や発表の手助けをしたいと思います。そういう格好いい大衆文化が集積すれば、外国の方が来ても福岡はリトル東京じゃなくて、かっこいい独立した街・FUKUOKAだと思ってもらえると思うんです。「FUKUOKAはCoolだよ」ってね。

 福岡もだいぶ変わりましたね。人の流れも。いまは博多駅と天神までの人の流れをつくるというような再開発を進めていますもんね。

 大名も、以前は福岡や九州中から人が集まって来ていたけど、それが随分少なくなったみたいですしね。それに危機感を抱いて、大名を表参道にする計画が進んでいるという話も聞きます。道が広くて木がたくさんあって、天気がいい日に散歩したくなる街。福岡って他の都市に比べても伸びしろが半端なくある街だと思うんです。ここ5年、10年できっとすごく熱くなりますよ。その面白いもの、全部ウチで作っていきますよ(笑)。



清水 薫
什器デザイナー・金属加工職人
町工場が集まる東京の下町で育ち、中学校の頃から鉄工所で働きだす。
IDEE WORKSHOPなどを経て、1996年に仲間と共にEXIT METAL WORK SUPPLYを設立。
2012年工場を福岡へ移す。
http://www.exitmetalworksupply.com




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